多様な働き方がスタンダード!? 茨城へ行くと、きっと面白いことに出会えるはず。

こんにちは、フリーライターの三上です。先日参加した#meets石川に引き続き、『meets local』のイベントを通じて感じた地域の魅力や、地域で活躍するキーマンたちのエピソードを紹介していきたいと思います。

今回は8月2日(金)に四条烏丸『GROVING BASE』で開催されたイベント「茨城から広がるこれからの「働き方」とは?〜二拠点・複業会社員・フリーランス・関係人口という選択」に関するレポートをお届けします!

 

正月とお盆以外に地元に帰る日を1日増やす。「茨城移住計画」とは?

今回は茨城から4名のゲストが来京され、自らの働き方や生業づくりを中心に話してくれました。最初にお話してくれたのは、菅原広豊(すがわら・ひろと)さん。(詳しいプロフィールはこちら

菅原さんは会社員として企業に勤めながら、『茨城移住計画』の一員として活動しています。茨城移住計画のテーマは、他県に住む茨城の人たちが「正月・お盆休み以外に帰る日を1日増やす」。移住という形にこだわらず、茨城との縁を多くの人とつないでいくことを目標に活動しています。

「茨城納豆の16種類食べ比べ」など、ユニークなイベントを通じて茨城での働き方・暮らし方について気軽に話し合える『STAND(スタンド)』や、フィールドワークを通して茨城の魅力や課題を学び、講師と共に課題解決の企画を行う『if design project(イフ デザインプロジェクト)などを開催しています。

STANDのイベント「味わえ、茨城納豆食べくらべ」の様子
茨城へ移住する人へ向けた「場所やこと」を紹介するポータルサイト『Re BARAKI(リバラキ)』の運営も行っています。

 

会社や組織の枠組みを超えて「地域課題」を解決する

茨城移住計画以外にも、起業家を目指す学生をサポートする『Hitachifrogs(常陸フロッグス)』や、古材を再活用する『時由地材(じゆうじさい)、同じ志をもつ異業種の人たちが集うイベント『まぜるなキケン』などのプロジェクトを担う菅原さん。

誰と誰をつなげたら、一緒におもしろいことができるかという視点からアイデアを発展させ、形にしていくのが僕の仕事です。そのために「この人の強みや才能は何だろう?」と周囲の人たちのことを常に気にしています」

自分の興味関心からはじめた社外での活動が会社にも認められるようになり、今では地産地消のエネルギーの開発に取り組む会社のリソースを使いながら「地域課題」に取り組めるようになりました。菅原さんを中心に会社や組織などの枠組みを超え、みんなで茨城の発展に関われる構図が出来上がったのです。

ちなみに「茨城移住計画」のもう一人のメンバー 鈴木哲也さんも、菅原さんと同様に会社に勤めながら音楽イベントの開催などさまざまな活動を行っています。多才な人が多い茨城移住計画…!!人とのつながり方や仕事の生みだし方のコツが知りたければ、まずは茨城移住計画が主催するイベントに参加するのが一番!かもしれません。

住む人がいきいきする、「かっこいい」まちづくり

つづいてのゲストトークは、豊崎悟(とよさきさとる)さん豊崎さんは家業である『茨城いすゞに従事しながら、茨城の活性化に尽力しています。もともと人材紹介会社でトップセールスマンとして功績を上げていた豊崎さんですが、いつしか「すごいのは自分ではなく、仕組みを作った会社なのでは」と感じるようになります。

そこで「もっとやりたいことや、人が必要としていることを仕事にしたいと、茨城にUターン、「茨城いすゞ」であらたなスタートをきります。(詳しいプロフィールはこちら

 

左が豊崎さん、右が和田さん。

仕事を通じて地元の人たちと関りをもつ中で、人口減少していく地元をもっと盛り上げたいと感じるようになった豊崎さん。そこで頭のなかに浮かんだのが大好きなまち「京都」でした。「僕が京都を好きな理由は、まちがかっこいいからなんです。建物や町並みもそうですが、何より住んでいる人がまちにプライドをもっている。そういう“格好がいい”ものやことを地域で作らないと、人は集まってこないなと思いました」

そこで豊崎さんは、ビジネススクールで出会った人たちと一緒に実践型コミュニティ「Hakko Lab(はっこうラボ)」を立ち上げます。「何かやりたい」と思っている人が地域でそれを実現できれば、だんだんまちがかっこよくなる。まちがかっこよくなれば、住む人がいきいきしてくる。その循環を生みだしたいと思ったそうです。

今年4月には『平成最後の僕らの祭り』を開催。地域のキーマンとなる人を招き、「令和に向けて地域でどんなことをしていくか」などを話し合いました。今後も会社での事業やHakko Labを通じて「世の中のためになる事業となるようもっと進化させたい」と話してくれた豊崎さん。トークセッションやフリーマーケット、アート、写真などを楽しめるお祭りなども開催しているそうです。きっと水戸のまちは、どんどんかっこよくなっていきますね!

 

まちの中に「ただいま」といえる場所を

最後のトークを締めくくるのは、「ただいまコーヒー」の和田 昂憲(わだたかのり)さん。ベンチャー企業に勤めていた時に心や体への負担がたたり、うつ病を発症。あらためて「自分にとっての幸せな働き方」を考え直した時、「地元で珈琲屋を開業する」という答えにたどり着いたそうです。(詳しいプロフィールはこちら

和田さんは、菅原さんも参画する「Hitachifrogs」に参画しています。「家庭の経済状況に関係なく、学びが得られる」というプロジェクトの理念に共感した理由は、修業先で出会ったある男の子の存在が関係していました。その男の子から、日本の児童養護施設の厳しい現状を聞き、「お金を自分で工面しなければ、学ぶ環境も自分の希望する未来も手に入れることができない」ことを知りました。

うつ病を発症したときに禅の言葉にであい、「自分を幸せにしながら、関わる人も幸せになるといいな」と感じた和田さん。だからこそ「教育」の分野にも関わり、一人でも多くの人を手助けしたいと考えています。

 

お話を聞いていて「ただいまコーヒー」は、きっとこれからみんなの心のよりどころのような場所になるんだろうなと感じました。和田さんの思いや今まで歩んできた経験は、キャリアに悩んだことがある人たちの道しるべになるのではないでしょうか。そんなかたは、ぜひ「ただいまコーヒー」に立ち寄り、和田さんに話しかけてみてください。きっと会話の中に多くのヒントやきっかけを見つけられるはずです。

 

ここからはじまる茨城とのつながり

最後はカレーをいただきながらの交流会。ゲストと一緒に「円卓」さんのカレーをいただきました。円卓さんは、京都を料理から季節を感じて暮らす」をコンセプトに、ケータリングなどを行っています。

茨城産の野菜や納豆をトッピングしていただくカレーは絶品!

 

食後には、和田さんがいれてくれた「ただいまコーヒー」のコーヒーをいただきましたよ。

 

おいしいカレーとコーヒーで、会話も弾みます

 

今回のイベントに参加して、ゲストそれぞれの「茨城を盛り上げたい」という言葉の先には「社会全体をよくしていきたい」という思いがあるように感じました。地域がよくなることは、社会問題を解決する第一歩。そう考え、行動している人たちが、これからの茨城をもっと楽しく、住みやすい場所に変えていくのでしょう。

「会社や組織の枠組みに捉われずに、まずは自分たちのできる限りのことから変えていこうよ」。そんなメッセージをゲストのみなさんからもらったような気がします。茨城移住計画の皆さん、ゲストの皆さん、ありがとうございました!

 

(写真・文/三上 由香利)

 

噛めば噛むほど好きになる?!無限大の富山の魅力を味わう「富山の食と人の交流会@京都 」

地域に関わる、一番身近な接点ともいえる「食」。「大好きなものが特産品だから」「おいしそうなものが多そうな場所だから」そんな気軽な気持ちで、まずは地域に関わってみるのもいいかもしれません。

2019年3月2日、京都「GROVING BASE」にて開催した富山の食と人の交流会@京都 」は、富山で活躍するゲストから、暮らし・仕事・なりわいづくりなどをお聞きするだけでなく、富山の食を味わいながらゲストや参加者同士で交流する楽しいイベントとなりました。

富山は無限大の可能性を秘めた県

まずは、富山県総合政策局企画調整室の髙木拓実さから、県の特色についてご紹介いただきました。髙木さんは富山のことを、「地味だけど、旨味の詰まった昆布のようだ」と言います。富山県は昆布の消費額が日本一。なんと、昆布を使用したパンやスイーツまであるそう!

またダイナミックな自然や、歴史的な街並み、海・山それぞれの幸が存分に味わえる食文化など、コンパクトな県の中にしっかりと「旨味」が詰まっていると言います。

「おしゃぶり昆布のように、噛めば噛むほど味が出てくる。つまり、何度も訪れ、関わりを深めていくごとにもっと富山が好きになってもらえるはずです!」と髙木さん。

富山はいろんな旨みが詰まって組み合わせもしやすい、無限大の可能性を秘めた県。そんな富山の魅力を知るゲストの皆さんに、お話を伺っていきます。

 

余白を活かすことこそが、なりわいづくりの鍵となる

「ホタルイカの産地・滑川市からやってきた桶川と申します」と、ホタルイカ愛が溢れる自己紹介をしてくれたのは桶川高明さん。ホタルイカ漁が解禁になったイベント前日、さっそく漁港を訪れていたそう。漁港からほど近くに自宅があり、海の恩恵を感じながら暮らしている桶川さん。富山でのなりわいづくりを中心に話していただきました。

2013年に二人目のお子さんが生まれるタイミングで、京都から故郷の滑川市へUターンした桶川さん。もともと設計事務所を自ら営んでいたこともあり、移住するハードルはそこまで高くないと思っていたそうです。

しかし、いざ富山で仕事をはじめようとしたところ、思わぬ誤算が生じました。

「富山では“デザイン”にお金を払うということが、あまり認知されていませんでした。例えば、家をつくるにしても、ハウスメーカーさんの工事費の中にデザイン料が含まれている。地域の人からすれば、僕らのような「描く人」のフィーをなぜ払わなきゃいけないの?という認識だったんです」

桶川さんは、その誤算をどうやってうめていくべきか、ということを考えなければなりませんでした。その時、しばらく離れている間にさびれてしまった地元のお祭りが目に留まりました。

「設計事務所としてどう生きるかということ、町に対して何かやらなきゃいけないということ、二つの考えが頭の中にうかんでいました。じゃあ自分のできることを活かして、地域のために何かやっていこうと考えがまとまりました」

 

現在は、コワーキングスペースの機能を持ったオフィスの改修などの空間のデザインだけではなく、南砺市の地域プランニングディレクターや、コワーキングスペース「TRIO」の運営など多岐にわたる活動を行っています。

さらに、大好きなホタルイカのツアー企画やガイド、商品のパッケージデザインなどを手がけることも。

設計事務所として空間をデザインするだけでなく、「富山のなりわいを最適化していきたい」と事業を作る段階からサポートをすることが多いそうです。

滑川市を軸にしながら、どんどんなりわいの幅を広げ、地域内での活性化を目指す桶川さん。はじめは難しく感じることもあったそうですが、「富山にはまだまだ余白が多く、働きやすさもある」と言います。

「富山には、まだまだ手つかずになっている分野も多くあります。自分から何かしかけたい人はチャレンジしやすい場所かもしれません。ただ、地域には自ら関わっていかないとだめですよ!要はギブ&テイク。みんなで一緒にやっていきましょう!」

 

富山の自然に寄り添う米づくりで「生きる実感」を味わう

続いては、魚津市で米づくりをしている「ひえばた園」の稗苗良太さんからお話をお伺いします。

稗苗さんが営む「ひえばた園」は、肥料や農薬を使わず、稲を収穫時に刈り取ったあと、脱穀までの間乾燥する「はさぼし」とよばれる農法でお米を作っています。今回は農家を目指した理由や、米作りを通して生まれた地域の人たちとの交流についてお聞きしました。

大学生の時、農村を研究している先生に誘われ、ラオスを訪れた稗苗さん。この時ラオスで見た光景は、のちに稗苗さんを農家へと導くきっかけになったようです。

「僕はラオスの農村の暮らしを見て、懐かしい気持ちになりました。そこには自分が幼い頃、ばーちゃんと過ごした日々が広がっていたからです。畑に行くとみんなで声をかけあって、助け合って。畑で採れたものを物々交換する。そんな日常に心が揺さぶられたんです」

その後、農家になろうと決意させた出来事が起こります。いつもは実家から送ってもらった、叔父が自然農法で作るお米を食べていた稗苗さん。たまたまお米を切らしてしまい、間に合わせで買った近所のスーパーのお米の味に衝撃をうけました。

「一番安くて小さいサイズの米を、いつものように炊飯器に入れて炊いたんですよ。そしたら、とんでもなくまずい米が炊飯器から出てきたんです!普段何気なく食べている叔父の作るお米が、とてもおいしいということ。そして米を作ることとは、なんて素晴らしい仕事なんだと思いました」

次第に「農家は魅力的な仕事だ」という想いが膨らんでいき、ついには就活をやめ、「農家になろう」と決意。大学卒業後、地元富山へUターンしました。

農家になると決めたことに、周囲の反対も大きかったという稗苗さん。しかし、自分の人生を自分で選択し、農家になる道を選んだことで「生きる実感」を得ることができたといいます。

さらに「心で食べるお米を作りたい」と行う活動を通じて、たくさんの人たちとの交流が生まれるようになりました。

老若男女、国籍も様々な人たちと共に田植えをする「田植え選手権」や、しめ飾りを作るワークショップで「農の暮らし」を実際に体感してもらったり、東京のマルシェに出店しお客様と直接交流する機会を設けたり。稗苗さんが幼いころに味わった「ばぁちゃんとの暮らし」を、ほんの少しでも味わってほしいと精力的に活動を続けています。

「僕の田んぼから10キロぐらいの上流の景色を眺めて、いつも『これは世界遺産級だな』と思うんです。こんな豊かな土地で、お米作りができていることを僕は誇りに思っています。僕の時は言ってもらえなかったけど、僕は「農家はいいよ!」って自信もって、次の世代に伝えていきたいです!」

 

「おいしい」をきっかけに富山へ!

そしてここからは、待ちに待った「富山の食」を楽しむ時間です。今回の料理を手がけてくれたのは、料理と暮らし Bran※(ブラン)」を主宰する吉田千佳さん。富山には11年ほど住んでいたことがあり、京都でも富山の食を伝える活動をされています。

美味しい料理を手掛けてくれた皆さん。左から二番目が吉田さん

「富山は水がおいしいところ。水がおいしいということは、料理は何をしても美味しいんですよね。今回はホタルイカの黒づくりをカナッペにしたものや、白えびを玉ねぎのかき揚げなど、富山のお酒に合うメニューを作りました。皆さんで召し上がってください!」

今回はゲスト稗苗さんが作る「ひえばた園」のお米で作ったおむすびも。ずらりと並んだ「富山の食」を食べながら、ゲスト・参加者と交流していただきました。

吉田さん考案の米ぬかふりかけをまぶしたおむすび
全国にもファンが多い富山の日本酒
おいしい富山の食に皆さん、夢中!

富山の食を味わいながらの交流会は、大盛り上がり。おいしい富山のお酒もすすんで、笑顔が各所であふれる楽しい交流会となりました。

おいしい食をきっかけに、たくさんの人が「富山へ足を運んでみたい!」と興味を寄せてくれたようでした。また、稗苗さんのもとには数名の方から「農業をやってみたい!」という申し出があったそう。

豊かな自然、豊かな食、魅力が無限大の富山県。あなたも是非、一度富山に訪れてみませんか。

きっと、訪れるたびにどんどん富山が好きになるはずです。

文・三上由香利

旅をしたらもっと好きになる。meets三重からはじまる移住、交流、コミュニティ

地元に帰りたいけど、どんな人がいるのかな?
気になっている地域があるけれど、どうやって関わりを持てばいいかな?
そんな方を対象に、ミツカルではゆるやかに地域と交われるきっかけづくりを進めています。

今回ご紹介するのは、伊勢神宮、鈴鹿サーキット、四日市コンビナートなどが有名な三重県。近鉄電車に乗れば、京都市内や大阪市内から1時間半〜2時間ほどと、日帰りでも足を運びやすい距離感にあります。

しかし関西に住む人にとっては、気軽に三重を訪れる機会は少ないもの。そこで、三重に興味を持っている人が、顔の見える関係性を築けるきっかけにしたいと考え、ミツカルでは2018年度、三重県庁から委託を受けて「関西から三重とつながるコミュニティ meets三重」を実施しました。1年を通して活動した様子をまとめてご紹介します!

京都からスタートしたmeets三重

ミツカルでは9月に京都、10月に大阪でmeets三重のイベントを開催。各回20〜30名の三重出身者や、三重のことが気になっている人、三重に移住を検討している人が集まり、ゆるやかに交流を深めました。

9月のゲストは、多気町からシムラカズヒロ計画工房 代表の志村和浩(しむら・かずひろ)さん。

東京出身の志村さんがなぜ多気町へ移住するに至ったのか? また志村さんが多気町で運営する「少女まんが館TAKI 1735」や宿泊施設「勢山荘」についてお話をお伺いしました。

なかでも心に残ったのは、志村さんのプロデュース力。

多気町のありのままの自然を体験する「農村ワンダーツアー」や「丹生ハッピーハロウィン」に見られるように、ネーミングセンスやデザイン、何より地域の人を巻き込み、地域内外の人に多気町の魅力を伝えていく力に、参加者のみなさんも惹きこまれていました。

志村さんがプロデュースする「農村ワンダーツアー」
地域の子どもたち向けに開催する「丹生ハッピーハロウィン」

当日の様子は、こちらにレポートしていますので、よろしければご覧ください!

最後はみんなで三重(スリー)ピース!

2回目のmeets三重は大阪で!

10月には大阪でイベントを開催。ゲストには尾鷲(おわせ)市にある温浴施設「夢古道おわせ」の支配人である伊東将志(いとう・まさし)さんをお迎えしました。

伊東さんは、「夢古道おわせ」の立ち上げから関わり、人口約1万7000人の尾鷲市にありながら年間20万人もの人が訪れる観光名所に育て上げた立役者。尾鷲のお母ちゃんがつくった郷土料理を楽しむことのできる「お母ちゃんのランチバイキング」をはじめ、尾鷲でさまざまな地域プロジェクトを仕掛けるニュースメーカーとして活躍しています。

その根底にあるのは、「みんなが選ばない道を行った方が、楽しいに違いない」という思い。10代の頃からその思いを軸に行動してきた伊東さんの言葉はとてもまっすぐで、これから三重へ移住を考えている方や、人生の岐路に立っている方にとって強く背中を押すものになったのではと思います。

伊東さんについて、詳しくはこちらの記事をご覧ください

高校生レストランのまち・多気町へ

「イベントで三重の魅力を知ったあとは、実際に三重に足を運んでほしい!」と、11月、12月には現地交流会を開催。11月は多気町へ、12月は熊野市へ行き、それぞれの暮らしやなりわいを巡りました。

多気町内には清流宮川が流れ、古くから食の生産どころとして栄えていたそう。ドラマ「高校生レストラン」の舞台になった町としても有名です。

「高校生レストランのまち多気町の食と人を巡る旅」として11月3日開催。

多気町 企画調整課の坂下悠介さんを案内人に、多気町の有名スポット「五桂池(ごかつらいけ)ふるさと村」、「まごの店」、「菜食ゆにわ」などを巡りながら、町歩きをしました。

ランチは、農村レストラン「まめや」にて。旬の食材、地元産、手作りにこだわった心と体にやさしい農村料理に舌鼓を打ちながら、参加者同士の交流を深めました。

この日はちょうど、9月のゲストとしてきていただいた志村さんが「丹生ハッピーハロウィン」を開催中とのことで会場へ。子どもも大人も思いっきり楽しんでいる様子を見て、多気町での暮らしや人との関わりあいのイメージが持てた人も多かったようです。

夜は「勢山荘」にて地元の方々と交流会を開催しました。「せんぱいの店」にお願いしたケータリングや、地元の方々の差し入れで、テーブルの上は料理でいっぱい。ざっくばらんに、さまざまな話をしながら交流しました。おいしい料理は、人と人の距離を近くするなと思った夜になりました。

 

世界遺産のまち・熊野市の日常に出会う

12月に訪れたのは、三重県南部に位置する熊野市。新鹿(あたしか)海水浴場や丸山千枚田など海山川の豊かな自然と、熊野古道をはじめとした長い歴史に育まれたまちです。

 

テーマは、「つくる暮らしを学ぶ旅」。世界遺産のまち・熊野市で暮らすみなさんは、どのような日常を送っているのかを知る1日でした。

日本書紀にも記されている、日本最古の神社といわれる世界遺産「花の窟(はなのいわや)」に参拝したあとは、地域おこし協力隊として活動する近藤久史(こんどう・ひさし)さんのもとへ。

近藤さんは、みかん農家としても活躍中。みかんジュースの飲み比べをさせてもらいました。

また地域おこし協力隊として熊野に移住し、定住した漁師の彌重量(やしげ・りょう)さんのもとも訪れ、海沿いの暮らしや漁師の仕事についてお伺いしました。

夜の交流会は「くまの里山ゲストハウス」にて。新鮮なお刺身や干物、熊野地鶏、果物など熊野ならではの食材に囲まれ、楽しいひと時を過ごしました。

知って、訪れて、もっと好きになる

京都・大阪でのイベント開催、そして多気町・熊野市での現地交流会と全4本立てとなった今年度のmeets三重。

ゲストの話を聞き、三重の魅力を知るだけではなく、その一歩先をご案内する現地交流会まで開催することで、三重への移住に向けて動き出した方も何名かいらっしゃいました。

プレゼンで聞いた場所を実際に訪れ、そこで暮らす人と話をすると、話を聞くだけではわからない地域の魅力に気づくことができます。また非日常の空間に身を置き、自分の内側にベクトルを向けるきっかけになるのも現地交流会に参加する魅力の一つ。

私は何を求めているのか? どんな地域で暮らしたいのか? どう生きたいのか? 慌ただしい日常の中では、ゆっくり考えにくいことも、先輩移住者の話を聞き、美味しい食事や地域の人のあたたかさに触れることで、気づくこともあるのではないでしょうか。

今回ご紹介した三重には、他にもまだまだたくさん魅力的な人やモノが待っています。ぜひ三重のことをもっと知って、訪れて、好きになってください。

今後もミツカルでは、関西からさまざまな地域をつなぐプロジェクトを展開していきます。興味のある方は、ぜひご参加ください!

 

文:北川由依

関西で出会う、岡山の人と暮らし。Meets岡山イベントレポート

ローカルベンチャーを次々と輩出する西粟倉村。
教育を軸としたまちづくりに取り組む和気町。
海の見えるマルシェ「UNOICHI」を開催する玉野市。

まちづくりの先進地域として、全国的にも注目を集める岡山県の魅力を関西にも広めたい。そんな思いをもつ岡山県県民生活部 中山間・地域振興課と連携して、ミツカルでは2018年度、Meets岡山として関西と岡山をつなぐコミュニティづくりに取り組みました。

2018年11月から2019年1月にかけて、全3回で開催したイベントはどれも大盛況!

岡山にゆかりがある方や、これから岡山に移住する方、岡山に関心がある方が30名以上集まり、ゆるやかに交流しました。

第1回目のゲストは和気町、岡山市から登場

左:平井さん、右:佐藤さん

第1回目のイベントは、京都で2018年11月15日に開催。ゲストに、岡山盛り上げよう会の佐藤正彦さんと、岡山県和気町・地域おこし協力隊の平井麻早美さんをお招きしました。

佐藤さんが代表を務める岡山盛り上げよう会は、岡山への移住を考える方に向けたサポート活動をしています。ボランティア団体ながら、会員や協賛企業には一級建築士や不動産コンサルティングを本業とするプロフェッショナルが集い、充実のサポート体制を構築しているそう。

新幹線が停まり、市街地としても発展している岡山駅へのアクセスの良さ。かつ関東よりも家賃が安く、広い家に住めるコンパクトなところを気に入っているそうです。

和気町・地域おこし協力隊の平井さんは、埼玉から岡山へIターン。週3日を商工会、週2日を役場職員として、特産品のブランド認証制度創設や商品の開発支援、JR和気駅前商店街の活性化に取り組んでいます。また、町産リンゴを用いた炭酸果実酒「和氣”syuwasyuwa(しゅわしゅわ)”りんごのうた」を開発し発売するなど、地方だからこそできる小さなチャレンジを楽しんでいる様子が伝わってきました。

海の玉野市、森の西粟倉村からゲストをお招きした2回目

2回目は、大阪にて2018年12月15日に開催しました。ゲストは、うのずくりの森美樹さんと西粟倉・森の学校の羽田知弘さん。

うのずくりは、玉野市にある宇野エリアを愉しく賑やかにする移住促進プロジェクト。2011年6月から始動し、2018年までに53組104名の移住をお手伝いしてきました。

ほかにも、宇野に住むことを楽しむイベントを開催し、人とまちをつなぐ取り組みをしています。

西粟倉・森の学校の羽田さんは、愛知県出身。三重県の大学を卒業後、東京の林業会社で働いたあと、西粟倉に移住しました。西粟倉は、まちの面積の95%が森林。百年の森林構想を掲げ、樹齢60年になる杉やひのきの人工林が育っています。

森の学校が大切にしているのが、作り手の顔が見えるものづくり。実際に山や木を見てもらうことで、製品への愛着が湧くような取り組みをされています。

参加者の中には、「今後、西粟倉への移住が決まっているんです」という方もいらっしゃい、岡山トークで盛り上がった時間となりました。

ラストは笠岡市と美作市からゲスト登場

3回目は、2019年1月17日に京都で開催しました。ゲストは、笠岡で活動するFARMANICの谷本聖さんと、美作で地域おこし協力隊支援を行うNPO法人山村エンタープライズの藤井裕也さん。

FARMANICは、本物の農産物を作りたいとの思いから活動開始。岡山県笠岡市の山の上で自然養鶏を、笠岡市干拓地にて肉用牛の飼育、無農薬、無化学肥料、有機栽培、自然農法、草生栽培で野菜を栽培し、安全でおいしい食を提供しています。また農業というライフスタイルを通して、ニュートラルな生き方そのものを提案する谷本さんのお話に、日頃の食生活を見直したり、食べ物を選ぶ基準を変えようと考えたりする参加者もいたようでした。

左:谷本さん、右:藤井さん

藤井さんはNPO法人山村エンタープライズの代表を務めるほか、一般社団法人岡山県地域おこし協力隊ネットワークOEN代表なども務め、精力的に活動しています。

地域人材の育成プログラムの企画運営、農山村での不登校ひきこもり自立支援事業、移住促進を行う「人おこし事業」の企画など地域内外のネットワークを活かして、地域に必要な事業に取り組む様子が伝わってきました。

どのイベントでも岡山県のおいしいお菓子やドリンクが準備され、なごやかな雰囲気の中で、交流を楽しむことができました。

Meets岡山から、実際に岡山への移住を検討する人や、岡山を訪れる人が現れるなど、関西と岡山がつながるコミュニティづくりの一歩になったのではないでしょうか。

今後もミツカルでは、岡山の人や暮らしに出会うイベントを開催していきますので、みなさんぜひご参加ください!

 

また「岡山県移住ポータルサイト おかやま晴れの国ぐらし」では、随時移住・定住に関する情報発信をしていますので、こちらも合わせてご覧ください。

 

「石川に関わることから始めよう。|Meets石川ナイト@京都イベントレポート【 12/7】」

地域で活躍するゲストをお呼びし、これからの仕事や暮らしを考えるローカルナイト。

 

12月7日京都開催 meets石川ナイト!

京都四条烏丸にある「oinai karasuma」にて、meets石川ナイトを開催しました。

 

▲普段は、コワーキングスペースとして活用されている「oinai karasuma」

 

まずは、石川県 企画振興部 地域振興課 移住推進グループの坂田健(さかたたけし)さんから石川県の紹介。

 

「南北に200キロ、東西に100キロと南北に長い県です。また、北に位置する自然豊かな能登(のと)地域、中心部で都会の雰囲気が漂う金沢市近郊、温泉がたくさんある南側の加賀地域、と大きく3つの地域に分けることができます」

 

▲車で走れる砂浜「千里浜なぎさドライブウェイ」がある、石川県羽咋市出身の坂田さん。

 

参加者の中に石川県出身の方がいるか聞いてみたところ、5人ほどは石川県出身とのこと。また、「金沢に行ったことがある方は?」という問いかけには、ほぼ全員の手があがりました。

 

そんな石川県から今回お呼びした方は、「ノトノオト」の小山基(こやまはじめ)さんと「金沢R不動産」の笠原美緑(かさはらみのり)さんです。

 

▲左手前の男性が小山さん、右手前の女性が笠原さん。

 

地域で暮らす、ということ

まずは、大阪府出身の小山さんのお話から始まります。

 

地域おこし協力隊として能登島に移住され、その後「ノトノオト」を起業。現在は、酒米から酒を作る商品開発、暮らしをめぐるサイクリングツアー、大人も子どもも一緒に能登の自然を探検する「のと島ちびっこ探検隊」などを運営されています。

 

▲商品開発でつくられた「能登島」

 

そんな小山さんは、大学院で生態学を学び、卒業後は東京の環境コンサルタント会社に就職。国立公園の保護などをされていました。

 

2年目には、小笠原諸島に赴任。そこでの暮らしが大きなターニングポイントになったそうです。

 

「1つの会社で長く働くのが当たり前だと思っていました。でも、小笠原の人たちは仕事を作り出し、次々変えていくんです。その姿を見て仕事って変えられるんだ、と気づきました」

 

▲家もつくりだす小笠原の人たちに、衝撃を受けたのだそうです。

 

赴任中に結婚をされお子さんもできた小山さん。赴任終了と同時に移住先を探し始め、能登島に移住することを決意されます。

 

能登島は、人口約2,800人でその中に20の集落があります。また、古くから農業と漁業で生計を立てていた地域です。

 

小山さんが移住を決めるきっかけとなったのが「うれし!たのし!島流し!」という、田舎暮らしを体験するツアー。

 

まず空港で囚人服を着せられ、護送車で島に護送。能登島大橋を渡る際、お奉行様から「仕事のしすぎのため、能登島への島流しの刑に処す」という罪状を読み上げられます。

 

▲流刑の地となっていた能登島。そのことをもとに、考案されたツアーです。

 

夏編だと地元の祭りに参加してもらい、冬編だと島の豊かな食をたらふく食べてもらう、という内容になっています。

 

▲美味しい海の幸がそろう、能登島。

 

「このツアーに参加して、子ども同士の関係性に魅力を感じたんです。上の子が下の子の面倒をみる関係性ができていたんです。また、大人はよその家の子も叱ります。そんな風に子どもを地域で育てる意識がある、ということが移住の決め手になりました」

 

▲前かがみになる、細かくメモを取る、熱心に聞き入る参加者の方々。

 

そう語る小山さん。実際に移住をされ4年が経つ現在は、能登島の良さや悪さをどう思っておられるのでしょうか。

 

「能登島の良いところは、移住者家族が多いことですね。忙しい時に子どもを預けあえるので助かっています。あとは、集落対抗のスポーツ大会が2ヶ月に1回あります。若い世代が顔見知りになれるのは良いのですが、気合が入っている集落だと夜に練習があるので、人によっては大変かもしれません」

 

▲子連れの方もいらっしゃり、小山さんの話に聞き入っている様子でした。

 

そして、小山さんの今後についても話していただきました。

 

「感動体験をしてもらうことでファンをつくり、そこからコアなファンとして地域に関わってくださる方を増やしていきたいです。また、ファンの方には地域と繋がる関係性をつくってもらえるようにサポートしていきたいです」

 

ちょうどいい街、金沢

続いては、富山市出身の笠原さん。現在は、社会人2年目としてソーシャルデザインカンパニー「E.N.N.」の不動産事業「金沢R不動産」で仕事をされています。

 

E.N.N.はほかにも、建築設計「studioKOZ.」、飲食店「a.k.a.」、ショップ「八百萬(やおよろず)本舗」、WEBメディア「reallocal金沢」を運営されている会社です。

 

▲場とまち・都市をつくる、有限会社

 

大学進学を機に、超近距離移住をされた笠原さん。金沢の大学でまちづくりを学んでいました。

 

そして、あるコミュニティデザイナーさんにあこがれ、繋がりやコミュニティという観点から、まちを良くする立場の人になりたいと思い描くように。

 

ですが、様々なワークショップを開催するうちに限界を感じるようになったといいます。

 

「本当に人が繋がっているのか、と疑問に思うようになっちゃって。私はこっちじゃないのかも、と思ったんです」

 

▲これまでの歩みを確認するように話されていました。

 

そんな時期に出会ったのが「リノベーション」という考え方。きっかけは、元仏壇センターをホテルにリノベーションした「HATCHi金沢」ができたこと。

 

「まちづくりには、人が繋がるなどのソフト面と建物などのハード面があることを大学で学んで。全く別物だと思っていたんですけど、HATCHi金沢を見て、一緒にやった方がよっぽどいいな、と思ったんです」

 

▲HATCHi金沢には、国内外問わず様々な人が訪れ、交流が行われています。

 

そして、両方のことができる会社がないか調べているうちに、「E.N.N.」に出会い就職。

 

「多方面からまちづくりに対してアプローチをし、物事をつくる会社です。金沢R不動産はHPだけで集客をしていて、文章や写真、アイコンで物件の紹介をしています。建物のエピソードやその土地の歴史、数字に表れてこない物件の魅力を伝えていることが特徴です」

 

▲金沢R不動産のHP

 

そんな笠原さんですが、不動産の仕事に就いて良かったと感じた出来事があったそう。

 

「金沢市内に新しくできた、カフェの仲介をさせてもらいました。東京から移住して金沢でカフェが開業できる場所を探していた同年代の彼に、物件を紹介したら決めてくれて。街が変わっていく様子を見せてもらっている感覚で、お手伝いできたことが嬉しかったです」

 

▲金沢に行きたい、そんな声が聞こえてきそうな表情

 

カフェの方のように、他府県から移住をされる方が多い金沢。

 

他の移住者の方と話していると、食べ物がおいしいこと、犀川(さいがわ)によく通うこと、最先端の人たちが集まるイベントが多いこと、など金沢の魅力がたくさん出てくるのだそうです。

 

▲金沢にも美味しいものがたくさん

 

笠原さんも金沢に住み始めて6年。現在感じていることを話していただきました。

 

「金沢は、バランスが良い街だと思います。陶芸などの作家さんも多いので刺激になりますし、時間がゆったり流れるところがちょうどいいなと思います」

 

金沢の魅力について、こうも続けます。

 

「飽きないです。6年間住んでいると、好きなものや興味も変わります。でも、そのどれに対しても、街が打ち返してくれる感じなんです」

 

▲金沢市内を流れる犀川。どことなく、京都の鴨川に似ています。

 

移住するその前に

ゲスト2人の話が終わると、交流タイム。

 

石川県から持ってきていただいた、能登の味噌が練り込まれた「味噌饅頭」や金沢周辺で作られた金時芋のお菓子「金沢雅」、奥能登産の「しおサイダー」などを囲み、それぞれ交流を楽しみました。

 

▲噛むとパリパリと音をたてて溶けていくのは、お皿の上にある丸いお菓子「紙風船」

 

そして最後は、感想の共有です。

 

「石川に行ってみようと思います」

 

「京都にいるなら冬の寒さは大丈夫、とアドバイスをいただいたので、金沢に移住するかもしれません」

 

「高校生の時、初めて金沢に行きました。その時に、私は金沢に生まれてくるべきだった、と感じ、やっと来年から金沢に住むことになりました」

 

という声が聞けました。

▲お菓子を片手に、会話も弾みます。

 

移住、それは人生を変えてしまう大きな出来事。だからこそ、なかなか一歩を踏み出せないことも多い。でもまずは、その地域と「関わる」ということをしてみてください。

 

小山さんは「うれし!たのし!島流し!」というツアー、笠原さんは「大学進学」。

 

それぞれ一度、石川という場所に関わりを持ち、その後移住をされています。

 

移住する、そう意気込むよりも、まずは石川県に関わってみることから始めませんか。

 

▲最後は、皆さんで石川ポーズ!

 

 

 

 

移住者続出!?地味だけど愛おしい、私たちが富山に惹かれる理由とは。|Meets富山@京都イベントレポート【 12/6】

山、里、海の三拍子がコンパクトな地形の中にぎゅっと詰まった富山県。

けれど「富山のいいとこは?」と聞くと、「なぁんもないちゃ」と返す県民性。県内どこにいても豊かな自然と食べ物が常に身近にある環境からか、県民みずから富山のことをPRすることは少ないそう。しかし今、富山の魅力に惹かれてじわじわと移住者が増えているのです。

12月6日(木)、京都・五条にある「GROVING BASE」にて開催された「Meets富山ナイト〜京都でつながるローカル交流会〜」では、実際に他県から移住したゲストより「暮らし・食・観光・働き方」などをお聞きし、富山の魅力を知ることができました。

 

 

地味だけど旨みがすごい富山県!?

 

「私、京都と富山の共通点をみつけました。それは昆布です」と、富山の紹介を始めたのは富山県総合政策局企画調整室・主任の髙木拓実さん。

 

「昆布」を重宝する食文化は、京都も富山も同じですが、それだけでなく、昆布の消費額が全国1位の富山では、昆布を使用したパンやスイーツもあるそう!ただ昆布が好きなだけではなく、髙木さん曰く「地味だけど旨みがある」昆布と、富山の風土や県民性には共通点があると話します。

 

「富山はたくさん旨みをもつ、無限の可能性を持っている土地なんです。今日は県外から移住したゲスト2人に、そのぎゅっと詰まった魅力あふれる富山の「旨み」を余すことなく伝えていただきましょう!」

 

 

髙木さんのお話を終えて参加者の皆さんの前に運ばれてきたのは、日本ワインコンクールで受賞経験もある氷見市の「SAYSFARM(セイズファーム)」のワイン。リンゴのシードル、白ワインを各自いただき、みんなでまずは乾杯!

 

SAYSFARM」のワインは人気で入手困難。マネージャーの飯田さんは大阪から富山への移住者だそう。

 

 ▲まずは「乾杯自己紹介」。自己紹介が終わったら、みんなと乾杯!

 

嫁ターンで氷見へ!デザイナー、お父さん、「HIRAKU」管理人…様々な視点から見えてきた氷見の日々

 

乾杯と共に参加者同志の距離がぐっと縮まったところで、ゲスト一人目の 平田佳史(ひらたよしふみ)さんのお話へ。平田さんは、デザイナーとして関西で働いていましたが、子どもが生まれたことを機に、奥様の実家の氷見へ移住。現在はデザイナーの仕事も請け負いながら、氷見市の地域おこし協力隊を務めています。

ひらたよしふみさん、名前に「ひ」と「み」の二文字が入っています。

氷見に暮らして2年。香川で生まれ育ち、関西で長年過ごしてきた平田さんだからこそ気づいた、「氷見だからできること」をご紹介いただきました。

 

▲平田さん撮影の氷見の海。季節によって様々な顔を見せる。

 

子育てにまつわる「氷見だからできること」。地域に子どもが少ないため、祭りのお稚児さんをやらせてもらえたり、体育館約半分ほど大きさの定置網の遊具で遊べたり。氷見で育つ子どもたちしか経験できないこともたくさんあるそう。

 

また自然に恵まれた氷見だからこそできる体験が、常に身近にあることも大きな魅力。山でなった梅からジャムを作ったり、ご近所で農業を体験できたり、ヤギに触れあえたり。都会だったらお金を出さないと体験できないことが、すぐ近くで体験することができる環境です。

 

 

また市内に唯一の酒造場があったり、効能高い温泉があったりと、大人にとっても嬉しい環境もたくさん。「都会的な楽しみは少なくても、大人にとっても、子どもにとっても、氷見には季節に応じて楽しみがいっぱいある」と平田さんは言います。

 

また地域おこし協力隊として務める平田さんは、リノベーションスクールに参加したことをきっかけに商店街の遊休不動産のおもしろさにはまり、同じ地域おこし協力隊のメンバーと共にコミュニティスペースHIRAKUを作ることに。

 

▲地域おこし協力隊として移住してきた3名で、食・デザイン·DIYとそれぞれの専門分野のスキル&経験を活かして運営中。

 

 

「自然や食は豊かな場所なんですが、いわゆる「関わりを作る場所」がなかったんで、こういう場所を作りたいと思いました。本棚の材木や、テーブルの木はいただきもの。電気工事以外は自分たちの手で行いました」

 

そんな「HIRAKU」で開催されるイベントは、思わず関西からでも参加したくなるイベントばかり。映画を自主開催で上映したり、職人さんに和菓子を教わるワークショップを開いたり。海産物を使ったところてん作りや、魚の皮を使ったスリッパづくりなど、氷見だからできるワークショップも盛りだくさんです。「HIRAKU」には続々と、「ここに来ればおもしろいことがある!」と市外からも感度の高い人たちが集まってきています。

 

(イベント情報はこちら→ヒミヒラクプロジェクト

 

HIRAKUで開催されたイベントの様子。(左下は魚の革でスリッパを作るワークショップの様子)

 

この先もどんどん面白い人たちが集まり、氷見ならではのカルチャーがどんどん「HIRAKU」から発信されそう。氷見から生み出されるカルチャーを体感してみたい人はぜひ、氷見へ足を運んでみてくださいね!

 

 

HIRAKU」HP      

 

おもいたったら「高岡」へ!町と訪れる人をつなぐ「ほんまちの家」の加納さんだからこそ知る、魅力だらけの高岡の姿

 

二人目のゲストは、加納亮介(かのう りょうすけ)さん。千葉県で生まれ育ち、今も東京の大学院で学ぶ加納さんが、高岡の町家体験ゲストハウス「ほんまちの家」の管理人をすることになった経緯や、加納さんが惹かれた高岡の町の魅力をご紹介いただきました。

 

 笑顔で高岡について話す加納さん。当日用意していただいたスライドはなんと90枚!!

 

「高岡でも、おもしろい活動がおきていますよ」

 

大学時代に尾道で空き家再生プロジェクトに参加していた加納さん。自分でもいつか手がけてみたいと考えていた矢先、大学の先生のこの一言が、加納さんの足を高岡へ向かわせました。そこで、高岡のまちなか居住促進をめざす高岡まちっこプロジェクトと出会い、高岡の町に関わり始めることになります。

 

▲「高岡まちっこプロジェクト」街歩きの様子

加納さんは高岡に出会ってすぐ、空き家をリノベーションし、ゲストハウスにするプロジェクトに参加。地域の人たちに「みんなごと」と捉えてもらえるように、漆喰塗りのワークショップを開催するなど、市役所・地域住民・地元大学生など多くの人と「つくるプロセス」を共有しながら進めていきました。

 

2014年3月に完成した「ほんまちの家」

 

そして、2014年3月に「ほんまちの家」が完成。

「決まっていた就職先の内定をけって、高岡に残ろう、移住しようと決めたのは、ちょうど僕の誕生日パーティーでした」

 

▲加納さんの誕生日パーティーの様子。この日、高岡に移住しようと決意した。

 

移住後、加納さんは「ほんまちの家」の管理人に。明るく朗らかな人柄に、地域の人だけでなく県外からも多くの人が「ほんまちの家」を訪れるようになりました。ゲストハウスとしてだけでなく、野菜の移動販売の場所や、夏休みの子供合宿など、地域のコミュニティスペースとして利用されることもあるそうです。

 

また「ほんまちの家」の管理人として活動するほか、和菓子屋さんの倉庫をお祭りの時のオープンスペースとして再利用した「baikado倉庫」や、町の人から「寄合い所が欲しい」との声から作られた「まちかどサロン」の立ち上げに携わるなど、町の空き家再生事業に幅広くかかわっている加納さん。実はこんな考え、活動に取り組んでいます。

 

「町にある「空間」をこんな「場所」にしたい!っていう思いを持った人や作り手さんを、高岡にもっと増やしていくことが「町を継ぐ」ということなのかなと考えています」

 

▲和菓子屋さんの倉庫がオープンスペースとして生まれ変わった「baikado倉庫」。

 

▲元々文房具屋さんだった場所は「まちかどサロン」として生まれ変わった。

 

高岡の魅力を感じてもらうために、「まずは一度来てみてください!」と加納さん。

 

「高岡は祭りが多く、祭りの際には見事な曳山(山車)を見ることができます。ぜひ高岡ならではの曳山文化を楽しんでもらいたいですね。他にも「かかし祭り」や、万葉集を三日三晩歌い続ける「万葉朗唱の会」というユニークな祭りもあります。蕪を麹で付けた「かぶら寿司」という郷土料理を出してくれる冬限定のお店など、たくさんのおススメがあります!」と、ここにはすべて載せきれなかったのですが、朝から夜まで高岡の町の魅力を余すことなく堪能できる最高のプランを提案してくれました。

 

▲美しい曳山が練り歩く御車山祭り

 

詳しく知りたい方は、ぜひ「ほんまちの家」に加納さんを訪ねてみてください。高岡に暮らす加納さんだから知る、スペシャルな高岡情報をお聞きすることができますよ!

 

次回は大阪でMeets富山を開催します!

 

ゲストトークの後は、ゲストを交えて交流会を行いました。先ほどいただいた「SAYSFARM」のワインと美味しい富山の珍味を味わいながらする会話は各グループ、大盛り上がりの様子。

 

▲富山の美味しい珍味。富山の地酒「満寿泉」のキットカットも!

 

参加者の皆様に今日のイベントの感想を聞いてみると…

 

・奥さんが富山出身で移住を予定しています。今日のイベントをきっかけに決心がついた!

 

・カナダから富山へ「嫁ターン」予定。ほとんど食の話ばっかりだったけど、富山のいいところ をたくさん聞けて良かった!

 

・富山に実家があるが帰ろうか迷っている。どんな生業をどのようにやっていけばいいか、ヒン トをもらえた

 

など富山に移住予定の人がたくさんいらっしゃることが判明。皆さん移住に関して、ゲストや参加者から自分が知りたかった情報を得ることができたようでした。

 

次回は2019年1月27日(日)大阪で富山のイベントを開催予定。記事を読んで富山に訪れてみたいなと思った方も、移住を検討している方も、ぜひ足を運んでみてください。

 

▲最後に笑顔で「エア鰤(鰤を持ってるポーズ)」!

 

 

【10/27@大阪開催】北陸 3県UIターンフェア(福井・石川・富山)に参加しました!

みなさん、今の地元や地方のことどれだけ知っていますか?


こんにちは。旅する大工の「大木脩」です。

私は富山県高岡市生まれ、富山で育ちで学生時代は石川県の金沢にもよく遊びに行ってました。
大学進学を機会に京都に住み始めて4年。

季節に一回は地元に帰省するのですが、帰るたびに街が変わっていて取り残されたようなさみしい気持ちになっています。地元を離れるとそれだけ情報に疎くなってくるので今の北陸がどうなっているのか、「北陸3県UIターンフェア」に参加して最新情報をチェックしてきました!

今回のUIターンフェアの内容は、


・北陸3県相談員トーク「北陸の仕事と移住の流れ」

・北陸3県移住者トーク「北陸の暮らし」

・移住相談ブース

の3つです。

まずは、各県の魅力を簡単に紹介。

▼恐竜マークのジャンパーをまとった福井県さん

▼石川移住UIターンマップを使って説明する石川県さん

▼県由来のマークをあしらった法被を纏う富山県さん


北陸3県といえばなんといっても海の幸!

これからの魚に脂がのっておいしくなる季節。各県の海の幸の写真が出たときは参加者から羨望の声が上がりました。

トークセッション1.北陸のしごとライフスタイル丸わかりセミナー

最初のトークセッションには、移住・就職の専門員が登壇。

▼各県の専門員のみなさん(右から福井県福岡さん、石川県安藤さん、富山県栗原さん)


移住を考えるとき、どの土地で暮らすのか、その土地で仕事はあるのか、みなさん気になるところですよね。

そんな移住の不安や悩みに答えてくれるのが専門員の方々。今回は数々の移住相談を受け、実際に移住した人をサポートして来た専門員による各県の特徴を簡単にまとめます。

□福井県の特徴

・47都道府県「幸福度」ランキング3回連続1位

世帯収入が全国1位を誇り、学力も全国トップレベルの福井県。

・ものづくりが盛んな県で、社長排出率が全国1位

世界シェア1位を誇る16の製品と技術がある。

□石川県の特徴

・2次産業が盛んで、部品や製品などシェア日本一の企業がたくさんある

・カニ風味のかまぼこを最初に開発したのが石川県の会社さんなんだとか。

・保育園が多く子育てしやすく、学力は全国トップクラス

・能登地区では、夏になると毎日どこかでお祭りがあるほどお祭りが盛んだそうだそうです。

□富山県の特徴

・過去30年間の震災回数が全国最小

富山県の周りを囲む山々の衝立効果により、地震・台風の被害が少ない。

・持ち家率全国1位

共働きが多く、世帯収入が全国トップクラス。

▼北陸にゆかりがある方との質問に答える参加者さん


3県とも共通して子育てがしやすく、共働きできる環境が整っているということがよくわかりました。

都会だと待機児童問題などがあり、共働きすることが難しくても、北陸3県では待機児童がゼロ高い女性就労数・有効求人倍率を誇るため安心して子育てしながら働くことが出来ますね。
各県の魅力を聞いて子育てするなら地元に帰ろうと思いました。

 

北陸3県のプレゼンを終えて、司会の藤本さん(株式会社ツナグム)からは、「その土地の雰囲気や魅力を言葉だけでは十分に伝えられないのでまずは行ってみて肌で感じください!」とのお話でした。

移住相談ブース

移住相談ブースでは、各県から2-5名の相談員が移住の相談にのられていました。

相談されている方は、Uターンを考えられている方、子育てを機会に奥さんの実家に帰ろうと考えられている方、出身が北陸でいつかはとの思いがあるので情報収集されに来た方、北陸が好きでいつかは移住をという方など、いろんな方がいらっしゃいました。

移住といってもいろんな形があり、十人いれば十人違う相談内容なのですね。
暮らしのこと、仕事や就職先のこと、子育てのこと、農業のこと、サポートのことなど様々な内容に、各県の相談員の方が個別に丁寧に対応されていました。

相談できる、サポートしてくれる存在がいることはとても心強いですね。

▼福井県さん

▼石川県さん

▼富山県さん


トークセッション2.先輩移住者に聞く北陸の魅力

トークセッション2部では、実際に北陸三県に移住した移住の先輩方のお話を伺いました。

・中井 佳祐さん、奈央さん(子供の小学校進学を機に石川県金沢市へUターン)

夫の佳祐さんは金沢市出身、妻の奈央さんは大阪府出身。首都圏から子供3人と共に金沢へUターンし、佳祐さんは通信関連企業に転職されました。

移住してみて大きく変わったことは、家族と過ごす時間が増えたことだそうです。

プレゼンでは、家族との週末の過ごし方を紹介してくださいました。

週末は、家族でよく公園に遊びに行かれるそうです。都会の公園ではボール遊びが禁止されるなど子供が自由に遊ぶことが難しくなってきていますが、石川県の公園はとても広いためお子さんと自由に遊んでいるそうです。されにそんな大きな公園もたくさんあるため、週替わりでいろいろな公園に遊びに出かけているというお話でした。

 

・長谷川 奈央さん(子育てのため富山県魚津市に移住)

大阪府東大阪市出身。子育てするなら地方と考え、東京都から夫(青森出身)とともに富山県へ。

現在は2児の子育てをしながら、市役所に勤務されています。

プレゼンでは、都市と地方の暮らしの違いについて紹介してくださいました。


車がないと買い物は不便だそうですが、家から車で10分圏内に大手アパレルチェーンや飲食店、スーパーマーケットがあるので都市部で暮らしていた頃とあまり変化はないようです。すぐに手に入らないブランドのものでも、インターネットの通販があるので問題ないというお話でした。さらに、物価が安いため家計にやさしいというお話もされていました。

・西浦 隼さん(福井県敦賀市へUターン)

福井県敦賀市出身。京都にてフラワーコーディネート関連の企業に就職。今年4月地元敦賀市にUターンし、運輸関連企業に転職されました。

プレゼンでは、日々の暮らしについて紹介してくださいました。

現在転職された、運輸関連企業でも植物を活ける機会があり、転職先に運命を感じているというお話でした。

休日は、静かなところを探して自転車で散策されるそうです。

 

移住と一言に行っても一人ひとりの環境や、家族によって障害があると思うので、親身になって相談に乗ってくださる相談員の皆さんは非常に心強いですね。

トークセッション後も、各ブースでは移住の相談を受け最後まで熱気が溢れていました。食の北陸ならではのたくさんの名産なども囲みながら、参加者の皆さんとの話も盛り上がってました。

最後に、今回のイベントで印象的だったのが参加されるみなさんの熱量がすごかったこと。

UIターンフェアという名前なので、緩いイベントだと勝手に思っていたのですが、参加される皆さんは熱心に相談員さんのお話を聞き移住先の候補を探しておられました。

ローカルが注目されている今、「いつかは地元に」という人たちが増えているのかもしれませんね。
暮らし・仕事・その他北陸の魅力について各県のホームページで情報が充実してます。一度みてみてください。

▼福井県の情報はこちら→ふくい移住ナビ

▼石川県の情報はこちら→いしかわ暮らし情報ひろば
           →イシカワノノオト

▼富山の情報はこちら→くらしたい国、富山

また大阪ふるさと暮らし情報センターでは、福井県、石川県、富山県の相談窓口も設けられています。一度お話を聞きに行かれてみてはいかがでしょうか?

―お知らせ-

今回、司会をされていた株式会社ツナグムさんは、京都で地方のコミュニティを作る事業(ミツカル-MEETS LOCAL-)をされています。
ゲストは、UIターンして各県で活躍する20~30代の方が来られます。
北陸に興味が沸いた、自分のように今の地元が知りたいという方は是非ご参加ください!

▼12月6日(木)富山県を知れる「富山ナイト@京都

▼12月7日(金)石川県を知れる「石川ナイト@京都」


ローカルナイト:http://tunagum.com/localnight/

Facebookページ:https://www.facebook.com/local7110/

三重県は「中途半端」?境目であることが多様性を育んでいる|Meets三重ナイト@京都イベントレポート【9/21】

みなさんは「三重県」に対してどんなイメージをもっていますか?


伊勢神宮、松坂牛、パルケエスパーニャ。訪れた経験はあったとしても、なんとなくのイメージしか湧いてこない人も多いはず。なんせ、三重県出身の筆者でさえも、はっきりと「三重県ってこんなところ!」と言い切ることができないのですから。

三重県の魅力って何だろう。
三重県ってどういうところだろう。

そのことを改めて考えるきっかけとなったのが、9月21日(金)京都にあるGROVING BASEにて開催したMeets三重ナイト@京都〜関西から三重とつながるコミュニティ〜




海・山・森と自然豊かなエリアが広がる三重県の「食・自然・観光・趣味・暮らし・働き方」など、ローカルをテーマに新たな三重を発見し、参加者が興味のある分野やエリアなどと交流や関係づくりのきっかけをつくるイベントです。

運営メンバーの藤本(右)、北川(左)。北川は三重県松阪市出身。

20~50代の幅広い世代に集まっていただいた今回のイベント。なんと参加者のほとんどが三重県出身!ここまで県の出身者が多く集まるイベントもめずらしく、集まったみなさんからも「地元に何かしらの形で関っていきたい」という地元愛にあふれた声が多く聞かれました。

本記事では、イベントの中で改めて知った三重の特色、そして今、新たに作られている三重の魅力についてご紹介します。

「三重県」は中途半端!?多様性を受け入れる県民性こそが最大の愛すべき特色

まずは、「これだけは知っていただきたい三重のこと」を三重県庁移住促進担当の河南佑磨さんからお話いただきました。

河南さんは三重県をPRするときに常々、何を売りにすればいいものか悩んでいたといいます。実際に他府県の方からも「三重県って何があるの?」「三重県って何県ですか?」と聞かれてしまうことも……。多くの三重県の人が体験している、この「三重県=中途半端問題」。河南さんはそこで、あることに気づきます。

三重にはたくさんの文化の境目があり、その境目があることこそが三重の特色ともいえるのではないかと。

例えば、東と西の境目。

また二大聖地である常若の伊勢と蘇りの熊野古道、二つの思想の境目。

カップうどんの味の境目。

あほとバカの境目。

丸餅と角餅の境目。

さまざまな境目が県内部に存在し、同県内でも違う文化が両立できている。河南さんは、これこそが三重の特筆すべき文化なのだということに気づいたそうです。

また「境目であることに可能性を感じた」と河南さんはいいます。AといえばA、BといえばBと決めつけず、AもBもいいんじゃない?と言える優しい気質をもつ県民性だからこそ、バックグラウンドの違う人たちが集まり、様々な意見と共に発展していくことができる。そこから大きな可能性が広がっていくからーー。

「これから始まるMeets三重も、みなさんの人生の可能性を広げる境目になるように!」と河南さんの一言を皮切りに、イベントはスタートしました。

震災で心を決めた三重への定住。仕事の目線も他人ごとから自分ごとへ。

河南さんの三重の境目トークでもりあがったところで、ゲストスピーカーの志村和浩さん(シムラカズヒロ計画工房代表)にバトンタッチ。志村さんは2009年から「美し国おこし・三重」に地域プロデューサーとして従事したことを機に、三重県へ。長期の仕事のため、ホテルでの寝泊まりが多く、苦痛に感じていた志村さんは仲間と共に一軒家を借りることにしました。その一軒家こそが志村さんが、今現在も家族と暮らす多気町なのです。

「三重県の北から南まで行かなきゃいけない仕事だったものですから、ざっくり真ん中あたりで家をさがしてみよっかっていうんで、たまたま多気町になったんです(笑)。役場で空き家を探していると話したら、近隣の方が『ちょうど家があいてるよ』って声をかけてくださって。あちこち巡る中で多気町が大好きになって移り住んじゃいましたっていうのではなくて、流れに従って今に至っているんです」

仕事のため多気町に家を借りた志村さんでしたが、その後東日本大震災が発生。子どもたちの今後の生活も考慮したとき、東京に戻るより三重に定住した方が豊かに暮らせると考えたそうです。

生まれも育ちも仕事も東京だった志村さん。住む場所が変わったことで、仕事にも変化が起きたと当時を振り返ります。

「東京では代理店さんから請け負った仕事をこなしていましたが、自分で見つけて仕事をするというスタンスに仕事のつくり方も変わっていきました。東京で暮らしていた時よりも、住む地域のことが自分事になったんですね。東京にいる時は多気町の祭りもただの参加者でした。だけど、住みだしたら祭りにしろ自治会の行事にしろ、自分たちが関わらないとにっちもさっちもいかない。つまり地域が活性化するかどうかが全部自分に関わってくるんです」

「ただよく考えたら、こうした地域行事も回り回って全部自分の仕事に繋がるなって気づいたんですね。空き家を活用しお客さんを呼び込むことも、祭りを運営することも、発想次第では、東京にいるよりも仕事に巡り会える機会が多いんですよ」

地域のことを自分事としてとらえ、さらに仕事として発展させる。このことは地域にとっても志村さんにとってもいい循環を生み出すことになりました。

「代理店を通して仕事を請け負うと、誰のために仕事をしてるか分からなくなることが多かったんです。だけど、三重に移住してからは喜んでくれる人が目の前にいて、しかも喜んでくれる地域が自分たちの暮らす場所だから。お金じゃかえられない、充実感があります」

また志村さんは、知人から自宅の母屋を改装し少女まんが館TAKI 1735をオープン。当初は7000冊だった漫画も地域の人からの寄贈などにより、今は一万冊を超えるまでとなったそうです。

移住した当初、志村さんのことを「何をやっている人なのか?」と訝しんでいた人たちもこの場所ができたことにより、志村さん一家と地域の人たちの間に接点ができ、次第に利用者も増えてきました。

さらに2017年、「少女まんが館TAKI 1735」は東京で飲食店を営んでいた志村さんの奥さんのお母さんの協力により、カフェも楽しめる施設としてリニューアル。地元の人、観光客など多くの人でにぎわう場に育っています。

そうして少しずつ地域からの信頼を得ていった志村さん。地域プロデューサーとしての腕を見込み、「地域の困りごと」について相談を持ち掛けられるようになります。

町から業務委託の依頼を受け始まった宿泊施設「勢山荘」の運営や多気町を訪れた人に町をもっと楽しんでもらうためのアクティビティや体験プログラムの企画・運営も担っていました。

そのうちの1つが農村ワンダーツアー。第一弾として2017年に企画したのが「十五夜・お月見編」。

どうせやるなら本格的なお月見をしようと、地元の年長者の子ども時代の遊びを再現したり、みんなで作ったお餅を食べたりする本格的なお月見をしました。

他にも多気町に伝わる山の神を祀るという再現イベントを企画。現在では地域の祭り事や祭事は少子化などの理由で簡略化されたり衰退することが多くなってきましたが、それをあえて本来の姿に戻し、多気町に訪れる人たちが体験できる形にすることで地域の伝統を守りながら、非日常の新たな体験として訪れる人たちに喜びを与えています。

地域プロデューサーとして、また地域の住人として数々のアイデアで町を元気にしてきた志村さん。移住後もうまく地域住民と関係性を気付けているのは、あることがきっかけで、地域の人から大きな信頼を得ることができたからだそう。

それは志村さんが子どもたちのために奥さんと二人で手掛けたハロウィンイベントでした。お子さんから「三重ではハロウィンはやらないの?」と聞かれ、東京よりも楽しいハロウィンイベントにしようと決意。町の和菓子屋さんやお菓子屋さんにハロウィン用のお菓子を作ってもらうなど、町を巻き込んだプロジェクトを進めたのです。

「移住後はじめてプロディースしたハロウィンイベントをきっかけに、志村という人間がどういう人間かということが地元の方に伝わったらしいんです。地域の子どもたちのこともきちんと考えてくれる人なら、仕事も応援しようと。先日も町の方に『志村君が最初に手掛けたイベントが、よその人が喜ぶためのイベントだったら誰も手伝わなかったかもしれない。地元の子供たちに楽しんでもらいたいって考えてくれたイベントだったからうまくいったんだと思うよ』と声をかけていただきました。とても嬉しかったですね」

多気町で初めてのハロウィンイベントは大成功をおさめ、今では毎年の恒例行事になっています。今年も11/3(土)に開催予定。ミツカルプロジェクトが運営する『高校生レストランのまち・多気町で、食の可能性を探る1日』のプログラムでも志村さんの企画するハロウィンイベントを訪れる予定ですので、ぜひ奮ってご参加ください!

移住・定住担当者が語る「僕たちの町のええところ」

志村さんに引き続き、お話をしてくれたのが多気町企画調整課に勤務する坂下 悠介さん。

なんと坂下さんは小学生の時、自然豊かな場所で畑をやりたいというお父さんの提案により、お隣の奈良県から多気町へ移住。趣味のサーフィンも高じて、三重の自然の豊かさに魅了され、ご自身の結婚後、多気町にUターンしたそうです。

古くは「多氣」と表記されてた多気町。町内には清流宮川が流れ、米をはじめとするおいしい作物が豊富に採れます。そのため、古くから食の生産どころとして栄えていたそうです。近年ではドラマ『高校生レストラン』で注目を浴びた多気町にはドラマの放送から6年たった今もモデルとなった相可高校の学生さんが腕を振るうレストラン「まごの店」へはたくさんの人が訪れているそう。

またもっと多気の魅力を知ってもらおうと始めたのが、「多気町観光地チラリズム」。三重県には別名「餅街道」とよばれ和菓子屋が多く軒を連ねる伊勢本街道があり、その交通の要としてにぎわっていた多気町にも名物「まつかさ餅」をはじめとする和菓子を扱うお店が多くありました。

そんな歴史を表したこちらの写真が、現在も続く和菓子の文化にフォーカスした「和菓子も笑う」。なんだか和菓子が笑っているように見えてほっこりしますね。

観光チラリズムでは、和菓子以外にもたくさんの多気町の魅力がチラリ垣間見える素敵なビジュアルが勢ぞろい。ぜひHPでもチェックしてみてください。

多気町役場「フォトギャラリー」

 

続いては、伊賀市移住交流担当の柘植将さんから伊賀の魅力を教えていただきました。お話していただく前に配られたのは、忍者の保存食として知られる伊賀名物「かた焼き」。「気をつけないと歯をいわしますよ!」と柘植さんから忠告をいただくも時すでに遅し。あまりの固さに口元をおさえている方も(笑)

三重県の中でも他市町に先駆けて、移住専門の部署が立ち上がった伊賀市。すでに100人以上の人が伊賀に移住しているそう。電車・道路などが整備されており、京都・大阪などの主要都市へのアクセスが比較的容易な立地の伊賀市。なんと伊賀市にある柘植さんの自宅から京都駅へは50分というアクセスの良さ!来場したほとんどの人が、「伊賀に行ったことがある」というのですから、その人気ぶりが伺えます。

伊賀忍者の故郷として海外の観光客からも注目を集める伊賀市ですが、その他にも古くは藤堂高虎の城下町として栄えた街並みや、ユネスコ無形文化遺産登録もされている上野天神祭のダンジリ行事など歴史的な魅力もたくさんあります。

この後のトークセッションでもお話されていましたが、「同性パートナーシップ制度」を日本で三番目にスタート。アクセスの良さや、豊かな観光資源を有することでの住みやすさではなく、本当の意味での「暮らしやすさ」を追求しています。

「豊かな自然を求めて移住=暮らしやすさをあきらめる」ということはないですよ、と柘植さん。続々と移住者が増える秘密は、やはり利便性だけではないのだと感じました。

 

ラストを飾るのは鳥羽市の移住・定住係を担う重見 昌利さん。

愛媛県松山市出身の重見さんは、大学進学を機に三重県へ。卒業後は三重県内の会社で土木技師として勤務し、南青山の交差点や県内を奔る国道など、公共施設の測量設計に携わっていたそう。二人目のお子さんが生まれたことを機に、鳥羽市へ移住。当初は土木技師として市の仕事に携わっていましたが、現在は移住担当として鳥羽市を活性化する役割を担っています。

鳥羽は「3つの境目」があるんです、と重見さん。

1つ目は、伊勢湾と太平洋の境目。栄養豊富な水が太平洋の黒潮と混ざり合う場所でもあり、その恩恵を受けて黒海苔や、牡蠣・ワカメの養殖が盛んに行われています。

2つ目は、平野からリアス式海岸へ変わる境目。浅瀬には太陽光が届きやすいため海藻の育ちがよく、それを餌にする伊勢エビ・アワビが豊富に捕れます。その海産物を捕る役割を担ってるのが海女さん。なんと全国で海女さんが一番多い町なんだとか。毎年、鳥羽市で開かれる「海女サミット」は、日本だけでなく韓国からも海女さんが集まる国際的な催しとなっているそうです。

3つ目は、伊勢志摩地方の境目。実は伊勢志摩地方の仲間なのですが、鳥羽だけにとば(鳥羽)されがちなんだそう…(笑)

日本だけでなく世界に誇れることがたくさんある鳥羽市。世界で初めて真珠の養殖に成功したミキモト真珠島があったり、江戸期には お伊勢参り来る旅人たちをもてなすための宿場町として栄えた歴史であったり…食も見どころも多い鳥羽市ですが、他府県から移住してきた重見さんからみた鳥羽の魅力はこんなところにあるそうです。

「鳥羽の魅力は、春はワカメ、冬は牡蠣など食で四季を感じられるところにあります。また御木 本幸吉さんをはじめとする偉人の出身地でもある鳥羽市。海女さんたちもそうですが、町に誇りをもって活躍する人が多く、人生の夢や目標を叶えられる場所でもあるのではないでしょうか」

実際に海女さんになりたいと、鳥羽市に移住を決意された方もいらっしゃるそう。ぜひ伊勢志摩地方に来られた際はとば(鳥羽)さずに、足を運んでみてくださいね!

三重トークセッション「居・職・住・人」について話そう!

ここからは各市町村の特色を「居(地域との関わり)、職(しごと)、住(住まいや暮らし方)、人(地域の活躍している人)」に沿って、写真とともにご紹介いただきました。

鳥羽市の重見さんからは、子どもたちが遊ぶのどかな様子や、漁師さんがギター片手に集まる集会所など海を近くに感じながら暮らす生活の一コマをご紹介していただきました。

また、Uターンした人たちが作ったまちづくり団体『鳥羽なかまち会』では、空き家をシェアオフィスやコワーキングスペースとして活用する取り組みもされているのだとか。その他にも、しま女子(あねーら)のみなさんが路地裏散策をナビゲートする活動など、地域のつながりを感じる取り組みをいくつもご紹介いただきました。

 

続いては多気町坂下さん。食の宝庫である多気町だけに、町内で採れた旬の大豆を中心とした新鮮な野菜と山菜が食べられる「農村料理まめや」や、坂下さん大絶賛の生ハムが食べられる自家製ハム・ソーセージレストラン「山ちゃんち」、地元の特産品伊勢芋を使った料理がいただける「柑里」など地元のおいしいグルメが食べられるお店がたくさんあるのが魅力的です。

また、未来の料理人を育てる「高校生レストラン」として有名な相可高校では、近年、他府県からの入学希望者も多いそう!入学基準は偏差値ではなく、「本気で料理人になりたい」と願う気持ちを第一にしているとのことで、町全体で食に対する文化を育てていこうとする熱い思いが伝わってきました。

最後は、いち早く移住について取り組み始めた伊賀市。柘植さんには、移住してきた人たちの仲間づくりを中心にお話いただきました。

すでに100人以上の移住者がいる伊賀市。そこで移住者が同士が繋がりをつくり、コミュニティが生まれるようなサポートを行っています。さらに伊賀には「スーパー移住コンシェルジュ」がおり、移住に関する仕事や住居などの困りごとに対し相談に乗ってくれるそう。

また伊賀組紐などの伝統産業に移住者が関わっているケースや、「空き家バンク」を通じて住まいを見つけた方のお家もご紹介いただきました。仕事や住居など移住した後も手厚いサポートが受けられる仕組みがあることは、とても安心ですね。

ディスカッションの最後に、「どんな人が自分たちの街に来てほしいか?」という問いにそれぞれお答え頂きました。

志村さん:「アイデアのキャッチボールができる人」

地元の中にいると見えない視点で、まちづくりに関して、お互いのビジネスを発展させることに対して、いろんな職種の色んなアイデアが欲しい。自分の可能性を広げるために多気町に来てみたいと思う人が増えて来ることが大切です。

坂下さん:「多気町の魅力を情報発信してくれる人」

地元の人が当たり前に感じている街の風景や取り組みを魅力と捉え、写真や文章などで情報発信してくれる人が街の中心になって、活性化の一端を担ってほしいです。

柘植さん:「伊賀を好きになって、すこしでも伊賀に対して興味を持ってくれる人」

移住一択ではなく、プロボノ的に伊賀に関りをもってもらいたい。緩やかなファンを増やしていくことで、市の活性化を目指していきたいです。

 

 

続いては来場者からの質問タイム。

「全国各地で移住者を応募しているが、奪い合いにはならない?どういった意識でとりくんでいるんですか?」という鋭い質問が。

これに対しスピーカーの皆さんからは、あくまで奪い合うというより、「移住者が来やすい街を作ること」、「移住者の求めることを加味したうえで移住の提案をすること」などの意見が出ました。その中でも志村さんからは「自分たちが本当に来て欲しいと思った人材に関してはきちんとアプローチをする」といった意見も。移住者目線で考えることを前提にしながらも、街の将来を考えた人材確保はこれからも重要な取り組みとなっていきそうです。

交流ワークショップ「関西での三重のコミュニティづくり!」

ここまで、ゲストトークやトークセッションで、三重の暮らしや仕事についてお伺いしてきました。あっという間に楽しい時間は過ぎ去り、イベントのラストプログラムである、交流ワークショップへ。お題は「関西での三重のコミュニティづくり」です

4~5名のチームにゲストスピーカーが加わり、自分が参加したいコミュニティについて話し合いました。話し合いの最中に三重県の各地の地名が飛び交い、みなさん真剣に案を出し合っていました。

モクモクファームで会合する「モクモク会」や、酒造などでフォトジェニックな写真をとってPRするイベントなどの5つのチームからユニークな案がでた中で、三重県庁の河南さんが実際に取り組んでみたいと思ったチームの案を1つ選びました。

選ばれたプロジェクトは、「夜の三重県好きな人と繋がりたいプロジェクト!」夜=お酒というイメージですが、このプロジェクトはその逆の発想で、お酒を飲まない人でも楽しめる夜を過ごそうというもの。

実は三重県は、お酒の購入率が最全国最下位。遺伝子レベルでお酒を受け付けない県民性なんだとか。(※諸説あります)そこでお酒を飲まなずに楽しめる夜の三重県の過ごし方を考えようじゃないかというプロジェクトという案を考えてくださいました。四日市のコンビナートの夜景や、季節ごとのお祭りなど夜を楽しめるイベントはたくさんありそうですね!

あっという間の3時間。「三重県」という言葉を地元から離れた京都でこんなに多く聞くことができるとは思いもよりませんでした。ゲストスピーカーの皆さんも、参加者の皆さんも本当に三重を愛してやまないんだなと感じる熱意のこもったお話をお聞きし、私自身もあらためて地元三重の良さと新しい魅力に気づくことができたイベントでした。

こうやって参加させていただいたことにより、三重から離れた土地に住んでいても少しづつ関わりを持つことや考えることができる。そのことがまず、自分が踏み出せる一歩目なのではないでしょうか。

最後はみんなで三重(スリー)ピース!

 

次回は10/20@大阪で開催!

ゲストスピーカーに伊東将志さん(夢古道おわせ支配人)をお迎えし、暮らし・仕事やなりわいづくり・地域性などについてお話していただきます。

 ・日時:平成30年10月20日(土)14時から17時

 ・場所:ハローライフ(イベントスペース&就業支援スペース・カフェ)大阪市西区靭本町1-16-14

 ・参加市町:名張市、亀山市、熊野市、紀北町

申し込みはコチラから

みなさんのご参加お待ちしております!

 

 

文・写真 三上由香利

岐阜県で出会うその土地ならではの仕事や暮らし。次の世代へ引き継ぐために、今わたしたちができること。|岐阜ナイトイベントレポート【12/7】

“若者たちが地元で働くこと、生きることをもっと身近に”

地域で活躍するゲストを他府県から京都にお呼びし、これからの「仕事」や「暮らし」を参加者みんなで考えるローカルナイト。ここ最近、これまで「地方」と言われてきた全国各地に若い世代が移住し、新たな取り組みや仕事づくりを始めることも珍しくはありません。

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現在日本では、5割を超える学生が地元就職を希望しているそう。(※1) その一方で、距離や金銭面で就職活動がしづらいことや、地元企業との出会いや地元とのつながりが少ないこと、地域の最近の動向を知らないことなどが課題となり、なかなか地元就職につながりにくいという現状もあります。

(※1)マイナビが2017年5月に発表した「2018年卒マイナビ大学生Uターン・地元就職に関する調査」によると、地元就職希望率は51.8%。

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ローカルナイトは、そんな学生や若者たちが新たな選択肢へ踏み出せるきっかけを、学生の街・京都でつくっていけないかという取り組み。同郷の人たちが気軽に集える若手県人会のようなコミュニティにもなっています。(※ローカルナイトはMeets localの取り組みのひとつです。)

本日は、12月7日に開催したローカルナイト「岐阜県」編の様子をお届けしていきたいと思います。(イベントページはコチラ ※Facebookページに移動します。)

今回は 「岐阜のこれからの暮らしや若者のキャリアをデザインする」をテーマに、ローカルメディアの運営や地域企業の採用活動・就職活動のサポートを仕事にしている2名のゲストから、自分と岐阜県の現在の関わりや、そこに至った背景をお話いただきました。

実は、2年ぶりの開催となる岐阜ナイト。「あの時生まれた行き来や、出会った人たちの変化が印象的だったので、今回も2年後くらいに向けて何かのきっかけになったらいいなと思います。」とゲストの園原さん。

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まずはじめに、アイスブレイクとして岐阜県の形と地名をそれぞれ紙に描いていきます。なかには、42ある自治体のうち半数以上を記される方も! その後、それぞれが描いた岐阜県を見比べながらいくつかのグループに分かれて自己紹介をし、お待ちかねのゲストトークがはじまります。

最初のスピーカーは、現在「NPO法人 えなここ」で働いている園原麻友実(そのはら まゆみ)さん。恵那山麓で活動する人や地域の日常を紹介しているローカルメディア「おへマガ」の運営などを行なっています。

 

50年、100年先を考えながら自分たちに問い続ける「三方よし+未来よし」の視点。恵那の「地域編集者」として日々模索する、持続可能な産業や暮らしのあり方。

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岐阜県中津川市出身の園原さん。20歳の頃は、京都で呉服関係の仕事をしていました。

着物に関わる仕事は好きだったそうですが、22歳の時に思い立ち バックパッカーとしてカンボジアを訪れます。夢中になって現地の小学校建設に携わっていると、気がついた頃には銀行口座の残高が10万円・・。このままでは暮らしていけない・・! と急遽帰国することに。地元へ戻った当初は、自動車の部品工場で働いていたそう。

そこから、園原さんが「えなここ」に参画するのはもう少し先の話になるのですが、まずは、現在関わっている恵那市がどのような場所なのかを動画とともにご紹介いただきました。

恵那市内を端から端まで移動するには、車で2時間ほどかかるそう。その広さの分だけ、様々な風景や地域文化を垣間見ることができます。

名物の「栗きんとん」や生産量日本一を誇る「寒天」、NHKの連続テレビ小説の次回作「半分、青い。」のロケ地になっている城下町の風景。

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▲この日恵那からお持ちいただいた、名物「栗きんとん」とかわいいパッケージの栗や寒天のお菓子。

そのほかにも、1両編成の明知鉄道はゆっくり走るので、「本気を出せば自転車で追い越せてしまうんです! 」という地域のあるある話など、園原さんは、動画に合わせて恵那市の場所やお店、人などを丁寧に紹介していきます。

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そんな魅力があふれる恵那市に拠点を構える「えなここ」。

業務内容は、ローカルメディア「おへマガ」の運営やイベントの企画、地域資源を活かした商品開発やそれを販売するマルシェの企画など多岐に渡ります。事務局スタッフは園原さんを含めて3名で、そのほかにも、プロジェクトベースで関わる方や学生スタッフがいます。

大阪や千葉から移住してきたメンバーや、子育てをしながら週3日働くメンバーなど、バックボーンや関わり方も様々。

“ほしい未来は自分でつくろう、仲間とつくろう” と、自分たちがこの地域で楽しく暮らしていくためにできることを考え、アクションを起こしていくというスタンスを大事にしながら事業を進めています。

「ご紹介した通り、やっている仕事の幅は広いのですが、『何をやっている人?』と聞かれると特定の職業名で表わすのは正直難しいです。ただ、共通点として “地域をどう切り取って人に伝え共感を生んでいくか” を意識しながら それぞれの事業を進めています。これらの仕事を振り返ってみると、やっていることは全部『編集作業』だと感じていて、最近はそんな自分たちのことを『地域編集者』と名乗るようにしています。」(園原さん)

さらに、小学生〜大学生向けの出前授業などを行なうこともあるのだとか。来年は、子育てで途切れてしまう女性のキャリアを後押しするために 小さく起業してみよう! という流れをつくっていくそうです。

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えなここは元々、映画製作からはじまったNPOだったそう。

たまたま映画を見た東京在住の恵那出身の方が、「自分はもう恵那に戻るつもりはないけれど、地域の拠点になるのなら」と、築170年の古民家を快く貸してくれることに。そちらを改修して現在は、古民家シェアオフィス「樫舎 -KASHIYA-」として運営しています。

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えなここが運営する「おへマガ」では、暮らしている自分たちの視点から ありのままの暮らしを切り取り、伝えることを大切にしています。記事を書くのは、主婦や美容師、農家、万年筆屋、大学生、ソーシャルワーカーなど多様なメンバー。時には、ライター合宿をすることもあるのだとか。

 

--岐阜県が生まれ育ったところだったから。

園原さんがこんな風に地元に関わりはじめるようになったのは、シンプルな理由でした。

カンボジアから地元に戻ったのは23歳の頃。当時は、地元には仕事もないし友達もいない。おもしろいものはここには何もない! と思っていたそう。そんな時に参加した京都のイベントで、地域でゲストハウスやデザイナーをしながら働く同世代の人たちがいることを知り、ショックを受けたのだとか。

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おもしろいものがないのではなく、自分はまだ地元のことを何も知らないということに気づき、まずはボランティアでもいいから関われることはないだろうかと、様々な検索ワードやSNSを使って岐阜県のリサーチをはじめます。そこで出会ったのが「えなここ」でした。25,26歳の頃からボランティア的に関わりはじめ、現在は仕事として関わっている園原さん。

「『わたしもこの人たちと同じ土俵に立ちたい!』と3年間、悔しさをバネに今日までやってきましたよ(笑)」と、会場にいる当時京都のイベントで出会った参加者にひと言。

前述の通り、あまり前向きなUターンではなかったのですが、地元に戻って様々なことに取り組んでいると、気がつけば「それってまちづくりだよね。」と言われるように。“地域の未来にとって必要だと思うことをやっていたら、結果として仕事になってきた” そんなタイミングで迎えた本日の岐阜ナイトだったそう。

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▲園原さんがこの5年間で取り組んできたこと。

全ての事業の軸にあるのは、三方よし、未来よしで持続可能な恵那を 仲間とともにつくっていくということ。

おへマガの取材を通して、たくさんの人と出会い、考え方や暮らし、これまで続いてきた地域の営みなど、多様な地域文化や価値観に触れた5年間。このまちで自分たちが愉しく暮らし、また、未来へ継いでいくためにも、地域におけるローカルメディアの役割とは何かを問い続けます。

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「30代になってからも迷いや葛藤はありますが、人のため・地域のためではなく、まずは自分がどうありたいかを常に考えています。わたしは、自分の周りにいる人たちと一緒に、未来を実現していくことに情熱を注ぎたいです。サポーターとして、地域編集者として、恵那の素敵な取り組みに社会性や経済的な価値を与えていくことがわたしの仕事だと思います。」(園原さん)

園原さんが実践している「仮説転がし」。自分が日々感じていることに対して、まずは小さくてもいいから一度動いてみる。それで「やっぱり違うな」と思ったらすぐに軌道修正。それが次のステップを踏んでいくための秘訣なのだそう。

ここ数年の間に、山の研究からはじめた専業養蜂家や、泊まれる古本屋をつくるために東京から移住してきたカップルなど、素敵な人たちが集まる恵那市。それはきっと、園原さんをはじめとする恵那のみなさんが地域を耕し続けてきたからこそ。

恵那に行ってみたい! 恵那のプロジェクトが気になる! そんなみなさんはぜひ、「おへマガ」を読んで園原さんの元を訪ねてみてくださいね。

現在進行中の泊まれる古本屋プロジェクト:http://ohemaga.com/event/20171210_niwabunko

続いてのスピーカーは、岐阜県で中小企業向けの採用活動や、県内への就職を希望する大学生の就職活動を伴走支援する「NPO法人G-net」に転職して3年目の西尾拓哉(にしお たくや)さん。

 

たくさんの企業に出会うことで見えてきた、自分がやりたい仕事。嫌いだったはずの地元へ戻り、若者のアイデアと地場産業を結び新たな価値を生みだす仕事をしています。

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「G-net」は、岐阜県をベースとした実践型インターンシップのコーディネートや中小企業の採用支援などを行うNPO法人。西尾さんは、2015年4月から参画しています。

前職は名古屋市で、大手求人広告の会社で営業をしていたそう。現在は、就職・採用支援のコーディネーターとして、岐阜県の中小企業向けの採用活動と大学生の就職活動をサポートしています。

そんな西尾さんのこれまでや現在のことを、「I (自分のこと)、We(G-netのこと)、Socia(地域のこと)」という3つのパートに分けてお話いただきました。

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▲「働かざる者食うべからず」という祖母の教えで、田植えや稲刈りの都度帰郷していたそう。

西尾さんは岐阜県恵那市山岡町出身。地元の写真を見せながら、「こんなストレートに言っていいものかわかりませんが、本当に何もない田舎がずっと嫌いでした(笑)」とひと言。

就活時は、周りにちやほやされたい! という思いで東京に本社を構える大手企業を志望。求人広告の営業という大変ながらも華やかな仕事に就きます。ところが、新卒入社してからの2年間は、業務のノルマを達成していても、仕事そのものにやりがいや達成感を感じることは少なかったそう。

求人広告の仕事だったため、経営者や人事の方とやり取りすることが多かった西尾さん。自身の仕事を通して、学生時代には知り得なかった仕事に出会い、世の中におもしろそうな会社がたくさんあることに気づきます。それと同時に、何がしたいかを考える間もなく就活をしてる学生が多いことも気になりはじめました。

そんな時に「日本仕事百科」でG-netの求人を見つけ、地元でもおもしろいことをしている人たちがいることを知った西尾さん。記事を読みながら、“自分のやりたいことはまさにこれだ!” と感じたのだとか。

大手企業からNPO法人への転職。最終面接では「給料面や親御さんの気持ちを考えると、NPOに転職するのはやめたほうがいいよ。」とG-netの創業者から言われてしまいます。「ただ、僕たちがやっていることは、地域活性のフロントランナーになれる仕事だ。それだけの価値があることは保証する。」とお話は続き、西尾さんは入社を決意。

転職してからの2年半を振り返ってみると、関わる人たちがガラッと変わり、中小企業の経営者や社員の方々、大学生、大手企業などおもしろい人たちに出会えるようになったそう。それが何よりも今の仕事に就けた価値だと西尾さんはおっしゃいます。

「実は、もともと地域活性に関わることをやりたかったわけではなかったんです。ですが、自分が興味をもって『やってみたいこと』をやってきた延長線上に、そういった効果が生まれていることを実感しています。」(西尾さん)

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▲G-netの事務所は岐阜駅から徒歩3分のところにあります。

地域でチャレンジする若者を増やすべく、2001年に創業し、2003年に法人化したG-net。前述の通り、岐阜県をベースとした実践型インターンシップのコーディネートや中小企業の採用支援などに取り組んでいます。

honkikei internship

そんなG-netの事業のひとつ「ホンキ系インターンシップ」は、企業の課題に対して学生がアイデアを出しながら共に解決を目指すというもの。6ヶ月以上に渡って、魅力的な経営者のもとで実践型の就業体験をする「現代版弟子入り」のようなプログラムとなっています。

「新しいことにチャレンジしたい!」という経営者の元で新規事業に携われたり、ひとつのプロジェクトを任されたりと内容も充実。実際にインターン生が考案したアイデアを取り入れ、新たな展開が生まれている企業もあります。

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例えばこちらの、「(有)大橋量器」では3代目社長の頃からインターン生の受け入れを開始。写真のカラー枡をはじめとする様々なアイデア枡がヒットしたことで、200%の利益増、社員も約30名に増えました。現在、社員の平均年齢が29歳とこれまでの伝統産業分野では考えられなかった効果が生まれています。

そのほかにも、「アイスクリームにかける醤油」で全国メディアからも注目を浴びる醤油蔵や、「日本刀ハサミ」「名刀ペーパーナイフ」などの斬新なアイデアでものづくりをする刃物屋、生産量トップシェアを誇るタイル屋、ヒノキをつかった木製の浴槽をつくっている企業など、岐阜県には、大手就職サイトでは出会えないような、国内外へ向けて様々な事業展開をしている企業があります。

G-netに入社してから岐阜県内にある企業150社ほどを訪問し、いろんな人に出会いながら視野を広げてきた西尾さん。

「スタートは自分の興味関心から。そうして『自分ごと』から始まったことが、次に『私たちごと』になり、そして『地域ごと』へとつながっていきます。--産業があるからこそ、できることがある。正直、斜陽産業も少なくはない岐阜県ですが、経営者が挑戦し逆境をはねのけているたくましい企業があるんです。興味をもっていただけたらぜひ、岐阜県に遊びに来てくださいね。」(西尾さん)

shigotofesta 2018

2月11日(日)には金沢、2月24日(土)には名古屋で、本日ご紹介したようなおもしろい企業が30社集まる合同説明会「シゴトフェスタ」が開催されます。

当日は、出展企業の方々による、90秒間のプレゼンテーションもあるそうなので、新卒・既卒・社会人問わず、岐阜県が気になる若者のみなさんは参加してみてくださいね。参加費は無料です。

 

ふるさとワーキングホリデー、参加者募集中!

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岐阜県内の企業や地域に 2週間~1ヶ月間滞在し、岐阜県ならではの産業を働きながら学ぶ「ふるさとワーキングホリデー」。地域の方々との交流を通じて、岐阜県の魅力にもたっぷり触れることができるプログラムとなっています。

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園原さんが働いている「NPO法人 えなここ」は、残念ながら定員に達してしまいましたが、西尾さんが紹介してくださった企業や、そのほかにも魅力的な企業が受け入れを実施しているので、興味のある方はぜひコチラのサイトからチェックしてみてくださいね。

 

岐阜県の取り組みを、地域文化・地域産業と、園原さんや西尾さんがそれぞれ関わる視点から紹介していただいた今回の「岐阜ナイト」。話しながらだんだんと熱が入っていくお2人の様子に、今は心から地元のことを考え、働き、そして、暮らしておられる印象を受けました。

「ここには何もない」「地元が嫌いだ」と思っていた頃には出会えなかった、地域で活躍するゲストのような方々。そんな人たちと出会い “この地域をもっと知りたい!” と思う次の若者が現れる地域は、自然と次の世代に引き継がれていくのかもしれません。

 

--「学生のまち、京都」だからこそ。

学生や若者が、ゲストのみなさんのような「人」や、新たな角度から見た「地域」と出会えるきっかけを、私達は「Meets Local(ミツカル)」を通してつくっていきたいと思っています。

京都で地方をもりあげていきたい学生の方・若者のコミュニティづくりや京都での企画に興味のある自治体の方など、ミツカルについて興味のある方はお気軽にお問い合わせください。

担当:株式会社ツナグム ミツカル担当 藤本 MAIL:info@tunagum.com

季節ごとに働ける?!あなたも、北海道・仁木町にシゴトをひとつ持とう!|北海道もったいナイトイベントレポート【12/1】

“若者たちが地元で働くこと、生きることをもっと身近に”

地域で活躍するゲストを他府県から京都にお呼びし、これからの「仕事」や「暮らし」を参加者みんなで考えるローカルナイト。ここ最近、これまで「地方」と言われてきた全国各地に若い世代が移住し、新たな取り組みや仕事づくりを始めることも珍しくはありません。

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現在日本では、5割を超える学生が地元就職を希望しているそう。(※1) その一方で、距離や金銭面で就職活動がしづらいことや、地元企業との出会いや地元とのつながりが少ないこと、地域の最近の動向を知らないことなどが課題となり、なかなか地元就職につながりにくいという現状もあります。

(※1)マイナビが2017年5月に発表した「2018年卒マイナビ大学生Uターン・地元就職に関する調査」によると、地元就職希望率は51.8%。

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ローカルナイトは、そんな学生や若者たちが新たな選択肢へ踏み出せるきっかけを、学生の街・京都でつくっていけないかという取り組み。同郷の人たちが気軽に集える若手県人会のようなコミュニティにもなっています。(※ローカルナイトはMeets localの取り組みのひとつです。)

本日は、12月1日に開催したローカルナイト「北海道」編の様子をお届けしていきたいと思います。(イベントページはコチラ ※Facebookページに移動します。)

今回は、 「北海道にシゴトをひとつ持とう!」をテーマに、まちづくりの仕事や地域おこし協力隊、ライターなどの職業に就く3名のゲストそれぞれの視点から、今現在の北海道との関わりやそこに至った背景などをお話いただきました。

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まずはじめに、アイスブレイクとして北海道の形と地名をそれぞれ紙に描いていきます。なかなか苦戦している出身者もいれば、地理が好きでスラスラと描いていく学生さんも。

その後、それぞれが描いた北海道を見比べながらいくつかのグループに分かれて自己紹介をし、お待ちかねのゲストトークがはじまります。

最初のスピーカーは、「一般社団法人 ホームタウン総合デザインセンター(通称:ホムデ)」の宮嶋瞬(みやじま しゅん)さん。現在は、地元・北海道で自治体と一緒に様々な企画を考えたり、「北海道ワカモノ会議」を立ち上げたりと道内を動き回りながら、後志エリア(しりべしエリア:小樽・ニセコ・余市・仁木)を中心に仕事をしています。冒頭に「僕は地元愛が偏っているので、ちょっと真面目に話してしまうかもしれませんが・・どうぞよろしくお願いします(笑)」と宮嶋さん。

 

Uターンを経て模索する「北海道」ならではの働き方。日々感じる “もったいない” から生まれていくシゴトの可能性。

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北海道新幹線の道内最初の駅がある、木古内(きこない)町出身の宮嶋さん。

大学進学とともに東京へ行き、卒業後は雑誌の編集や不動産投資の営業、新潟で200円カレーFCの立ち上げなどを経て、北海道へUターン。市町村単位で受け入れを行なっている「地域おこし協力隊」の北海道庁版の募集があったタイミングだったそう。

今回のイベント名を「もったいナイト」にしたのは、宮嶋さんが「北海道はもったいないのでは?」と思ったことがきっかけで移住を決心したという背景から。

まずは、そんな宮嶋さんから北海道の概要と大まかな歴史についてお話いただきました。

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現在、北海道の総人口は約550万人。そのうち200万人あまりが札幌で暮らしています。自治体は全部でなんと179もあるのだとか。

総面積は、四国と九州を足したよりもさらに大きい83,450㎢。稚内から函館までは約630kmほど離れており、これは東京〜岡山間に相当します。

その広さゆえ、北海道民が道内を旅行で訪れるケースも多く、旅行のスタイルは札幌から1時間半圏内の小樽や旭川が定番なのだそう。日帰り観光が多い一方で、訪日観光客も数多く訪れる北海道。滞在時間は訪日観光客のほうが長く、それに比例して消費額も多いので「各自治体でもインバウンド対策に力を入れたらいいのにな・・もったいない。」と感じている宮嶋さん。

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みなさんもご存知の通り、野菜や穀物の一大生産地である北海道。それに加えて、周辺が海に囲まれているため海産物も豊富に獲れます。ほっけはなんと99%が北海道産! 昆布や鮭も86%が水揚げされています。

こんな風に北海道が日本国民の胃袋を支えるまでに至った背景には、「北海道の開拓と開発」の歴史があるのだそう。

「余談ですが、北海道と関西は 江戸時代から『北前船』を通して交流があったんですよね! だから僕たちも今日はこうして、北海道から関西に来ています(笑)。後からバトンを渡す地域おこし協力隊の前田くんもそうなのですが、北海道で出会う方に意外と関西出身者が多いのもそんなご縁かもしれません。」(宮嶋さん)

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明治維新の頃にはじまった北海道の開拓。

寒さゆえに一度断念された後、明治4年に「屯田兵」によって再び開拓がはじまります。その際にアメリカ型の大区画で農作物を育てる農業のスタイルが確立されていきました。すると「生産地」を求めて北陸や東北地方から、さらには徳島から藍染職人などが移住してくるように。

以後、北海道型の大規模漁業や石炭などのエネルギー資源の開発、木材の輸出など、産業が発展していくとともに鉄道や海運が発展していきます。戦後は、全国で増加する人口を支えるための国家プロジェクトとして さらなる開発が進んでいったそう。

その後、石炭から石油にシフトした「エネルギー革命」によって自治体が経営破綻したり、「札幌オリンピック」による建設ラッシュで毎年4万人ずつ札幌の人口が増えたりと混沌とした開発が繰り返されると、今度はリゾート開発の時代へと突入していきます。

現在の、人口およそ5,000人ほどのニセコ町や16,000人ほどの倶知安町からなるニセコエリアでは、数々の外資系企業が進出しており、一部地域では日本語が通じないところもあるのだとか。坪単価は約500万円で北海道一高く、東京都港区と同じくらいの相場なのだそう。

このような歴史や現状があり、課題と可能性が交差する北海道のなかでも、さらに潜在的な可能性を秘めている「仁木町」。

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札幌から約58kmほど離れた町で、人口はおよそ3,300人。そのうち、大小合わせて300ほどの農園があります。

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仁木町では、年中を通してさくらんぼやプルーン、ぶどう、りんごなどのフルーツを栽培しており、品目によっては道内でもトップシェアを占めています。なかには、売り上げ規模が1兆円を超えている農園や、ハウス4本で野菜や果樹を栽培しながら生計を立てている農家さんもいるのだそう。

なんと、朝にサーフィンをしてから収穫をはじめる という羨ましくなるようなライフスタイルの農家さんも・・! 会場からは思わず、感嘆の声が聞こえてきます。

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嶋田茂農園「匠」でつくっている愛してアイコを使用したトマトジュース(1本1000円)

また、仁木町は「愛してアイコ」というブランドミニトマトの一大生産地。数あるミニトマトの中でも特に甘く、長細いプラム型のフルーツトマトで、一般的なトマトに比べて約2倍ものリコピンを含んでおり、ビタミンやミネラルも豊富なのだそう。

仁木町では現在、0.1haから農業が可能 だそうですよ! (※0.1ha=ハウス1本分程度に相当)

「北海道には、これまで紹介してきたような豊富な地域資源があるにもかかわらず、どこかもったいない気がするんです。」と宮嶋さんのお話は続きます。

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例えば、隣の町と比べて自分の町を謙遜しがちな住民の方々。

宮嶋さん自身が道外に出て感じた地元の良さを、地域のみんなも気づくことはできないか。そのためには一体何が必要なのだろう・・と考える日々。

「このような、日々感じている『もったいない』ことや、地域に足りていない部分を、多様なメンバーとひとつのチームになって補っていきたい。そういったところにきっと、『シゴト』が生まれる可能性があるんだと思います。仁木町は役場も一緒にチャレンジができる町! 僕は、北海道の扉は仁木町から開いてきたのではないかと思っています。」(宮嶋さん)

そんな「もったいない」ことを できるところから解消していこう! と、他にも余市町に移住相談窓口の機能も合わせもつ「COFFEE STAND by shizuku」をオープンしたり、積丹(しゃこたん)半島で古民家のDIY合宿を企画したり、「北海道ワカモノ会議」を立ち上げたりと精力的に動いている宮嶋さん。いきなり「暮らす」というかたちではなく、まずは様々な角度から北海道や仁木町を訪れるきっかけをつくっています。

北海道や仁木町に興味がある方はぜひ一度、宮嶋さんの元を訪れてみてはいかがでしょうか。

続いてのスピーカーは、「greenz.jp」などで記事を書いているフリーランスのライター、北川由依(きたがわ ゆい)さん。大学進学とともに北海道を訪れ、社会人生活も含めて10年間 札幌で暮らしていました。2015年に家族と一緒に京都に移住。現在は子育てをしながら取材・執筆などを行なっています。

 

大学進学とともに訪れた北海道で暮らした10年間。地域を離れた今でも関わり続けることができる「ライター」という仕事。

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新卒で中小企業の支援や農産物のブランディング、商店街の活性化などを行う小さなまちづくり会社に入社した北川さん。

就職活動の際には、地元・三重に戻る選択肢も考えたそうですが、自分が思い描くキャリアを実現するためにも、大好きな人たちがいる北海道で働くことを決意。もともと学生時にインターンで関わっていたことがきっかけだったのだとか。

当時は、札幌に住む若者向けの農業体験を企画・コーディネートしたり、様々な起業家の方々にお話を聞きに行ったりと北海道内を駆け回るような毎日。刺激的な一方でとにかく忙しく、子育てをしながら仕事を続けていくイメージが湧かなかったそう

greenz.jp/yui kitagawa

それでも、これまで北海道で出会ってきたような 自分のまちに誇りを持って働く起業家や、我が子のように愛情を込めて作物を育てる生産者の方々の「想い」を届けることはできるかもしれない! と未経験からライターをはじめて4年が経ち、現在に至ります。

北海道にも取材で足を運び、記事を執筆。北川さんのように「ライター」という仕事を通して、これまで縁があった地域とつながるという選択肢があることも、今回のイベントのテーマである「北海道にシゴトをひとつ持つ」ためのヒントになるかもしれません。

また、北川さんが記事を書いている「greenz.jp」には、様々なまちづくりやソーシャルビジネスの事例が掲載されているので、興味がある方はぜひリンク先を訪れてみてくださいね。

最後のスピーカーは、仁木町で2017年5月から地域おこし協力隊として働いている前田将克(まえだ まさかつ)さん。現在は協力隊として、オーガニックワインやブランドミニトマトを使用したご当地バーガーの開発や空き家の利活用などを行っています。

 

日本一周を走る道中、北海道で出会った素敵な風景とやさしい人々に魅了されて移住を決意。現在は地域おこし協力隊として、仁木町で働いています。

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前述の通り、兵庫県出身の前田さん。北海道との出会いは日本一周を走っていた時のこと。

(※詳しく知りたい方はこちらの記事へ: http://hashireruya.com/maeda-interview)

走るのがとにかく好きで、小さい頃から陸上競技に打ち込んでいた前田さん。高校時に怪我をして以来、思うように走れなくなってしまったそうですが、卒業時に何気なく地元を走った時の桜並木がとてもきれいで、“景色を楽しむ” という走り方があることに気づきます。

その時、前田さんのなかに「もっといろんな人や景色に出会いたい!」という気持ちがふつふつと湧き上がり、高ぶる気持ちを抑えられずに19歳で走りながら日本一周することを決意。

兵庫県を出発し、まずは和歌山県へ南下。その後、海岸沿いを反時計回りに進んでいきます。何度も “辞めようかな” と思う日があったそうですが、人との出会いや壮大な風景が背中を押してくれました。

なかでも、北海道では心に残る出会いがたくさんあったのだとか。宿がない地域では、地域の方々が「うちに泊まったら?」と声をかけてくれたり、3日連続でBBQに呼んでもらったり。

約1年半かけて日本一周を無事に走り終えたある日、「北海道でもマラソンに関する企画をやってみないか?」と声をかけられ、前田さんは再び北海道を訪れます。

現在、地域おこし協力隊として携わっている仕事内容は、ご当地グルメの開発やワインツーリズムの企画、空き家の利活用、そしてマラソンの企画など多岐に渡ります。

仁木町地域おこし協力隊Facebookページより拝借。

こちらが前田さんが開発した「旨み豚ワインバーガー」

仁木町のミニトマトやオーガニックワイン、そして隣接する余市町の豚肉。それぞれ素材はいいものなのに、地元で食べられる機会が少なく、そういった素材の良さを一口で味わってもらいたい! と考案。これまで2回ほどイベントで出店したそうですが、どちらもすぐに完売。

先ほど宮嶋さんが話していたように、北海道は豊富な生産地であるということを改めて思い出します。

現時点ではイベントのみの出店ですが、今後は空き家の利活用も交えて店舗をつくれないか検討中なのだとか。無償で提供してもらえる空き家も見つかり、少しずつプロジェクトが進んでいきます。

前田さんのように “走る楽しさを伝えたい” という自分自身がやりたいことや、“仁木町にあるいい食材を活かしたい” という地域資源の発掘など、様々な角度から地域との関わりをもつことで、地域で新たにシゴトをつくっていける可能性が広がるのかもしれません。

ゲストトークが終わったあとは、交流会。

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▲仁木町企画課の半田さん。

筆者が参加したグループには、“北海道あるある” を話す出身者や所縁のある参加者が集まっており、みなさんからは「北海道愛」がひしひしと伝わってきました。

「関西でイクラがこんなに高いとは思っていなくてびっくりした! 朝ごはんでよく食べたな〜」「小学校の体育はスキーかスケートどっちだった?」「除雪車に雪の壁を作られて家から出られない時あるよね。」「今は京都で家族と暮らしているけれど、出身者としていつか 北海道の冬の寒さを子どもに伝えたいな〜」などなど、お話は尽きません。

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最後は全体で円になってひと言ずつ感想を共有。

「いずれは札幌に戻ってまちづくりの仕事がしたいけれど、今は何ができるか正直わかりません・・」「地元である北海道は好きだけど、自分がやりたいことと北海道というキーワードを絡めるのは現時点では難しいなと思いました。でもいつかは地元に帰りたいです。」という若者からの生の声もありました。

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--いつか、地元に関わる仕事をしたい。

そんな風に考えている若者にとって、新たな選択肢を知るきっかけになった今回の「北海道もったいナイト」。

「このまちにはこれが足りていないな」「このまちのこんなところがもったいないな」というところから新たに仕事をつくっていく宮嶋さんや、ライターという仕事を通してまちとつながる北川さん、そして、地域おこし協力隊という仕事を通して新たにこのまちで働きはじめた前田さん。

様々な職業で地域に関わっているゲストの方々と出会うことで、若者の思い描く「いつか」が前よりも一歩、現在に近づいたのかもしれません。

 

--「学生のまち、京都」だからこそ。

学生や若者が、ゲストのみなさんのような「人」や、新たな角度から見た「地域」と出会えるきっかけを、私達は「Meets Local(ミツカル)」を通してつくっていきたいと思っています。

京都で地方をもりあげていきたい学生の方・若者のコミュニティづくりや京都での企画に興味のある自治体の方など、ミツカルについて興味のある方はお気軽にお問い合わせください。

担当:株式会社ツナグム ミツカル担当 藤本 MAIL:info@tunagum.com

 

仁木町で1/19〜21に開催される「NIKIインキュベーションプログラム」をご紹介!

niki incubation pg

「いつかは地元で何かしたい!」「何ができるかわからないけれどまずは地域へ行ってみたい!」NIKIインキュベーションプログラムは、そんなみなさんにオススメの企画です。

例えば、4〜10月に農業のシゴトを見つけたとして、あなたは残りの半年間をどのように過ごしますか? 仁木町では果樹栽培が盛んな一方で、規格外のものは市場に並びません。そんな「もったいない」果物をあなたならどのように活用しますか?

これらは宮嶋さんが話していたことのほんの一例ですが、そういった “シゴトづくり” に興味のある方はぜひ「NIKIインキュベーションプログラム」に参加してみてくださいね。仁木町にシゴトをひとつ持てる機会になるかもしれません。

参加申込みはコチラから。